生物多様性の新枠組み、企業への影響は 大和総研の研究員が解説

 SDGsの目標14「海の豊かさを守ろう」、目標15「陸の豊かさも守ろう」は生物多様性に関する内容だ。生物多様性は昨今、特に注目されている課題であり、2022年12月には生物多様性保全に向けた国際的な目標である「昆明・モントリオール生物多様性枠組み」が採択された。本稿では、生物多様性に取り組む必要性や新しい枠組みの概要、今後の課題を考えたい。

経済を支える生物多様性が喪失のリスクに直面

 自然環境は社会経済を支える重要な資本として認識され始めており、森林、土壌、水などの天然資源は「自然資本」と呼ばれる。世界経済フォーラムによると、世界全体で約44兆ドルの経済的価値の創出(GDPの半分超)が、自然資本に依存している(World Economic Forum“Nature Risk Rising: Why the Crisis Engulfing Nature Matters for Business and the Economy”)。さらに、ネイチャーポジティブな(自然を増やすような)食料生産や土地利用、インフラなど社会経済システムを変革することで年間最大10.1兆ドルのビジネス価値を生み出すと試算している(World Economic Forum“New Nature Economy Report II: The Future Of Nature And Business”)。

 自然資本を形成するうえで柱となるのが生物多様性であるが、現在は喪失のリスクに直面している。生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム(IPBES)は、「人間活動の影響により、地球全体でかつてない規模で多量の種が絶滅の危機に瀕(ひん)している」と指摘する(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム「生物多様性と生態系サービスに関する地球規模評価報告書 政策決定者向け要約」〈環境省・地球環境戦略研究機構による翻訳〉)。この要因には陸域・海域の利用の変化、汚染といった直接的な要因のほかに、この50年間におけるグローバル・サプライチェーン拡大による生産地と消費地の距離拡大といった生産・消費様式の変化や、人口動態など社会的な要因が間接的に影響を及ぼしているという。

 生物多様性の喪失は以前から指摘されており、これに対処するために、1992年に生物多様性条約が採択されている。2010年の生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)では、「2020年までに生態系が強靱(きょうじん)で基礎的なサービスを提供できるよう、生物多様性の損失を止めるために、実効的かつ緊急の行動を起こす」(日本政府代表団「生物多様性条約第10回締約国会議の開催について(結果概要)」)ことを目指すべく、具体的な目標をまとめた「愛知目標」が採択された。しかし、愛知目標は2020年の期限までに達成できなかった。なお、日本も国別目標を設定しており、侵略的外来種の防除や科学的基盤の強化などの一部目標は達成した一方、生物多様性の社会への浸透や自然生息地の保全などに課題が残る。

「愛知目標」以降の社会経済環境の変化

 2022年12月に、愛知目標の後継である「昆明・モントリオール生物多様性枠組み」が採択された。愛知目標が採択された2010年と比べて、生物多様性を取り巻く社会経済環境の変化が起きており、今回の生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)においては、実効的かつ野心的な目標の採択が期待されていた。

 愛知目標以降の社会経済環境の変化として、まず2015年に採択されたSDGsの目標の中には生物多様性の保全に関する目標(目標14・15)が含まれたことが挙げられる。2015年はパリ協定も採択されているが、気候変動への対応を各国が積極的に進めるなか、気候変動と生物多様性は密接に関わることから、生物多様性を保全することの重要性も認識されるようになった。例えば、植物が二酸化炭素を吸収することで温室効果ガス排出量の削減に貢献することから生物多様性の保全は気候変動対策に貢献する。他方で、生物多様性喪失の大きな要因の一つが気候の変化だ。

 また、EU(欧州連合)が定めるサステナブルな経済活動の基準である「EUタクソノミー」においても生物多様性の保全が一つの評価軸となっている。金融の世界でもESG投資の投資判断に生物多様性を組み込む動きが見られ、必要となる情報の開示を企業に促すためTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)が2021年に発足している。

昆明・モントリオール生物多様性枠組みが採択

 では、昆明・モントリオール生物多様性枠組みの中身を確認しよう。なお、生物多様性条約締約国会議(COP15)は第1部と第2部に分かれていたことから、枠組みの名前に二つの開催都市が含まれている。以下では、今次枠組みの特徴を説明する。

 まず、この枠組みには2050年に向けたビジョンと、2030年に向けたターゲットが含まれている。ターゲットは23個で構成され、それぞれに進捗(しんちょく)をモニタリング・評価するための指標が設定される。特に注目されたテーマが「30by30」だ。これは2030年までに陸と海のそれぞれ30%以上を保全することであり、三つ目のターゲットとして採択された。

 ほかにも、侵略的外来種の導入率・定着率を少なくとも半減(ターゲット6)や農薬・化学物質によるリスクを少なくとも半減(ターゲット7)などがある。これらのように、定量的に示されたターゲットの数が、愛知目標から増えている点も特徴だ。

 また、資金に関する議論が活発化した。生物多様性の重要地域はアフリカや南アメリカなどに多くあるものの、途上国は保全のための資金や能力が足りない。そのため、今次枠組みでは2030年までに少なくとも年間2000億米ドルの資金を用意することが定められた。国際的な基金である「地球環境ファシリティ(GEF)」の中に生物多様性に関する新たな基金を設立し、今後の資金拡大を狙う。

新枠組みはビジネス・金融機関にも影響

 さらに、新枠組みの特徴としてビジネスに関わる内容が深化した点が挙げられる。“companies”、 “business”、“private”、“finance”といった単語や、特定の産業が入っているターゲットは、愛知目標において三つであった一方、今次枠組みでは四つに増えた。企業活動に関する具体的なターゲット15「ビジネスによる影響評価・情報公開の促進」も採択された。このターゲットでは具体的には、特に多国籍大企業や金融機関に対して、政府が下記の点を促進することを求めている(大和総研による意訳)。

・サプライチェーン、バリューチェーン、ポートフォリオ上の生物多様性に関するリスク・依存度・影響を定期的にモニタリングおよび評価し、透明性をもって開示する。
・消費者が持続可能な消費生活を実践するために必要な情報を提供する。
・(遺伝資源の利用から生ずる)利益配分などに関する報告をする。

 このターゲットが求める具体的なアクションを把握するための指標としては「生物多様性に関するリスク・依存度・影響を報告している企業の数」「サスティナビリティレポートを発行している企業の数」「エコロジカル・フットプリント」(環境に与える影響を定量化した指標)などが現段階で提案されている。これらを踏まえると、企業の生物多様性に関する情報開示・報告がこれから特に注目されそうだ。

生物多様性の普及啓発が必要か

 今次枠組みの採択を受けて、日本政府は2023年前半に次期生物多様性国家戦略を策定予定だ。また、こうした動きに対応し、生物多様性に関する方針の策定や、生物多様性の保全や活用に資する取り組みを実施する企業も増加していくと考えられる。しかし、生物多様性に対する世間の理解・関心は低く、政府が取り組みを進めるうえで不可欠な国民の理解を得るのが困難であることが、生物多様性保全や活用推進の障壁となるおそれがある。

 Google Trends(Googleトレンド)を用いて、「生物多様性」に対する世間の関心度合いを探ろう。世間の関心が高い環境問題である「気候変動」(対象期間のうちいずれかの検索ワードの人気度が最も大きい時=100)と比較したところ、生物多様性への関心は3分の1程度だった。対象期間は2022年11月1日~12月20日(枠組みの採択が日本で報道された日)であり、この間に気候変動のCOP27(国連気候変動枠組み条約第27回締約国会議)とCOP15が開催されている。COP15期間中も生物多様性への関心が高まったとは言い難い。

 生物多様性の検索動向を長期時系列で確認すると、COP10を日本で開催したこともあり愛知目標採択周辺(2010年ごろ)が最も盛り上がり、その後は低空飛行を続けている。生物多様性は気候変動の次に注目されるテーマと言われているものの、足元での世間の関心はいまだ低いとみられる。今後、生物多様性の保全や活用のために求められる具体的なアクションを含む、普及啓発が求められよう。

【図表:「生物多様性」「気候変動」の検索トレンド(2022年)】
(注)シャドーはCOP開催期間。青はCOP27(気候変動)、緑はCOP15(生物多様性)。太線は7日移動平均。
(出所)Google Trendsより大和総研作成

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【著者プロフィール】 ◇和田恵(わだ・めぐみ) 株式会社大和総研 経済調査部 兼 金融調査部ESG調査課 研究員。2019年大和総研入社。専門分野は日本経済、SDGs、気候変動。沖縄県SDGsアドバイザリーボード(2021年~)、東京工業大学非常勤講師(2022年)を務める。著書に『この一冊でわかる 世界経済の新常識2022』(日経BP、共著)など。

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