絶滅危惧のサラマンダーを救えるか、紙幣にもなったメキシコ文化を象徴する生物

 人気者の生息地を回復へ、住民の努力
 メキシコに、奇妙な両生類のラベルが貼られた地ビールがある。描かれているのは羽のようなエラを持つメキシコサラマンダー(アホロートル)、日本ではウーパールーパーの名でかつて人気を博した絶滅危惧種だ。

 首都メキシコシティーにある地ビール醸造所モンストロ・デ・アグアは、自社のビールすべてにメキシコサラマンダーのラベルを貼っている。この生物の危機をメキシコの人々にもっと知ってもらうためだと、創業者のマティアス・ベラ=クルス・ドゥトレニット氏は言う。「わが社がいい製品を作れば、メキシコサラマンダーの保護をより効果的に訴えることができます」

メキシコのシンボル

 メキシコサラマンダーは、何世紀にもわたりメキシコ文化の重要なシンボルであり続けている。現地名のアホロートル(Axolotl)は、アステカの火と稲妻の神ショロトル(Xolotl)にちなんだものだ。モンストロ・デ・アグアとは「水の怪物」を意味し、古代アステカ人の言語ナワトル語でアホロートルを意味する言葉をスペイン語に翻訳したものだ。

 かつてはメキシコシティー周辺の湖に広く見られたこの両生類は、今ではソチミルコ湖周辺の運河にしか生息していない。個体数はわずか50~1000匹程度にまで減少しており、国際自然保護連合(IUCN)は近絶滅種(Critically Endangered)に指定している。わずかに残された個体群も、水質汚染、外来種のコイやティラピアによる捕食、生息地の喪失など、さまざまな脅威にさらされている。

 一方で、メキシコサラマンダーの認知度は飛躍的に高まりつつある。今ではこの生物は、オンラインゲーム「マインクラフト」や、ゲームプラットフォーム「ロブロックス」にキャラクターとして登場し、また2021年末に発行された新しい50ペソ紙幣にもその姿が描かれている。

 メキシコサラマンダー(野生のものは通常、茶色か灰色)はまた、ペットとしても非常に人気が高い。ペットの個体は通常、体が白く一部にピンク色が入っているが、これは飼育下での繁殖による遺伝子変異によるものだ。

「必要なのは生息地」

 メキシコ国立自治大学でメキシコサラマンダーを研究するルイス・ザンブラノ氏はしかし、こうした認知度の向上が意味ある変化につながるかどうかは疑わしいと考えている。

「世界には何百万匹もの(飼育下の)メキシコサラマンダーがいます」とザンブラノ氏は言う。「しかし必要なのは生息地です」。2200万人の人口を抱える大都市において、これは極めて困難な課題だ。

 1993年、メキシコ政府はメキシコサラマンダーの生息地を守るために、広さ約214ヘクタールの「ソチミルコ・エコロジーパーク&植物市場」を保護区に指定した。しかし、その成果はなかなか見えてこない。下水処理場からの汚染や都市化の影響により、同地域の大半が危険にさらされている状況は今も変わらないと、ザンブラノ氏は言う。

 代替案としてザンブラノ氏らは、飼育下にあるメキシコサラマンダールを一時的に放流するための池を設置した。最近の実験においては、研究室で飼育されたつがい11組が、大学のキャンパス内にある3つの池に一度に1組ずつ放流された。その結果は期待の持てるものだった。11組のうち7組が卵を孵化させ、生き延びた幼体も健康に育ったのだ。

 今のところ、こうした飼育下のメキシコサラマンダーは万が一に備えて確保されている状態だ。野生個体が完全に絶滅しない限り、このメキシコサラマンダーをソチミルコに放すことはないとザンブラノ氏は言う。

伝統農法で新たなすみかを

 伝統農法を復活させて、メキシコサラマンダーの生息地を確保しようという動きもある。ソチミルコ出身のディオニシオ・エスラバ・サンドバル氏が取り組むのは、スペイン征服以前に盛んだったチナンパ農法だ。水草などを積み重ねた人工の浮島(チナンパ)の上で作物を育てる農法だ。

 チナンパのある水辺はメキシコサラマンダーにとって最適な生息場所となるが、伝統的な農業の衰退によって、その95%は現在、植物が生い茂ったり、放棄されたりといった状態で、農耕には使われていない。

 サンドバル氏は、すっかり荒れ果てていたあるチナンパを修復し、約190平方メートルの農地として生まれ変わらせた。そのチナンパでは現在、ニンジン、ニンニク、ブロッコリーといった作物が、在来種の種子から有機農法によって育てられている。

 サンドバル氏のチナンパはまた、11匹のメキシコサラマンダーの新居ともなっている。氏は政府の許可を得たうえで、これらの個体を主要な運河からのびる水路へと移した。水路には2種類のフィルターが設置され、重金属などの汚染物質や、コイやティラピアが入り込めないようになっている。同様の水路を持つ近隣の地主や農家も、この手法を活用して、少なくとも240匹のメキシコサラマンダーを放流している。

 サンドバル氏との直接の協力関係はないものの、ザンブラノ氏のチームもまた「チナンパ避難所プロジェクト」に取り組んでおり、地元のチナンパ農家の助けを借りて、メキシコサラマンダーの保護場所を20カ所設置して主要な運河から個体を移動させている。

 サンドバル氏は、さらに多くの人たちが後に続いてくれることを期待している。「この活動が広がってくれることを願っています。わたしたちは模範を示すことで、人々を教育しているのです」

文=TINA DEINES/訳=北村京子

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