湖の侵略的外来魚についに「勝利」、在来魚食い荒らす米五大湖のウミヤツメ、どうやった?

生態系規模で成功した唯一の外来魚駆除プログラム、コロナ禍で効果くっきり
 北米の五大湖で、年間70億ドル(約1兆800億円)の規模を誇る漁業を崩壊寸前に追い込んだ外来魚ウミヤツメ(Petromyzon marinus)の駆除プログラムが、まれにみる成功を収めている。数十年におよぶ努力の末、人類は侵略的外来種の広大な湖全域における制御に成功した。世界でも類を見ない、野生生物管理の成功事例だ。

 ヤツメウナギの仲間で大西洋原産のウミヤツメは、100年以上前に人間の活動によって五大湖の全域に侵入し、サケやレイクトラウト、ウォールアイといった在来種を食い荒らすようになった。

「ウミヤツメは、ただ泳いで入ってきただけです。我々人間が運河を建設して扉を開けてしまったのです」と、ウミヤツメの管理に取り組む五大湖漁業委員会(GLFC)の立法問題・政策担当責任者であるグレッグ・マクリンチー氏は言う。「彼らに何ができるのかを、完全には理解していませんでした」

 ウミヤツメは成魚になるとほかの魚に寄生する。1匹のウミヤツメは、その生涯で合計18キロ分もの魚を死に至らしめることができる。メスは約10万個の卵を産み、およそ75%が孵化する。

「多いときには、年間4万5000トン以上の魚がやられてしまいました」と、マクリンチー氏は言う。「資源を巡る競争で、人間は後れを取ってしまいました。生態系に対して、人間よりも大きな損害を与える生物など、めったにいません」

 五大湖周辺の魚たちは、ウミヤツメから身を守る備えができていなかっただけでなく、ウミヤツメの被害を抑えられる天敵も存在しなかった。

 その侵略的外来種との闘いでカギを握ったのが、新しいタイプの駆除剤だった。この薬剤のおかげで、2024年の時点で五大湖流域のウミヤツメの90~95%が駆除された。しかも、在来種には実質的に何の影響も与えていない。

「地球上のどこにも前例のない勝利であることに、疑いの余地はありません。あれほど破壊的で、あれほど地理的に広範囲に生息していた種を、選択的に駆除できたのです」と、GLFC事務局長のマーク・ガデン氏は言う。

「おかげで、五大湖の漁業が救われました」

獲物の体に穴を開け、血を吸う手ごわい敵

 顎を持たない円口類のウミヤツメは、鋭い歯が並んだ円形の口を使ってあらゆる魚の腹に食いつく(狙う相手は選り好みしない)。そして、シカゴにあるシェッド水族館の上級水生生物学者のエバン・キン氏いわく「ギザギザの歯がついた舌」を繰り出す。

「これを使って獲物の体に穴をあけ、血を吸います。唾液のせいで、出血は止まらなくなります。宿主の魚にとっては非常に不快で、不愉快な経験でしょう」

 20世紀半ばにウミヤツメが五大湖に定着し始めると、漁の網に大量の魚の死骸がかかるようになった。漁師たちは船の甲板で吐き気を催すほどだったという。公聴会では、商業漁獲量の5倍に相当する量の魚がウミヤツメに食べられたという証言が聞かれた。

 1954年、米国とカナダの政府、米国の8州、カナダの1州、そして先住民族団体の間で条約が結ばれ、GFLCが設立された。ガデン氏によれば、既にダムや堰、電気、「超巨大なざる」などを使ってウミヤツメの駆除が試みられていたが、どれも効果はなかったという。

「若い成魚になって湖に入り、ほかの魚を殺すようになる前に、川床で暮らす幼生の段階で駆除する方法を見つけなければならないことに気付きました。こうして、駆除剤を開発するプログラムが立ち上げられました」

夢のような解決法

 五大湖の一つであるヒューロン湖の岸に、元沿岸警備隊の施設を転用したハモンドベイ生物学ステーションがある。1950年、米ミシガン大学の科学者たちはこのステーションと協力して、在来種を傷つけることなく外来種だけを駆除できる物質を見つける研究を始めた。侵略的外来種の管理に携わる誰もが、そんな夢のような解決法はないかと模索している。

「魚を殺すこと自体はそんなに難しくありません。実際、漁業管理ではよく行われていることです。本当に難しいのは、ほかの生物に影響を与えずに、狙った生物だけを殺すことです」

 しかし、7年かけて在来種とウミヤツメの比較実験を重ねた結果、3-トリフルオロメチル-4-ニトロフェノール(TFM)という化学物質が効果的であることが明らかになった。3億5000万年もの間、ウミヤツメはTFMを代謝する能力を進化させてこなかったのだ。

 このTFMが、ウミヤツメ駆除プログラムの屋台骨となった。約1週間かけてウミヤツメの幼生が集中する川の浅い部分に液体のTFMを投入した。

 だが、ウミヤツメは成長すると、狩りをするために川の深い場所に移動する。薬剤はそこまでは届かなかった。

 1990年代になると、ニクロサミドという薬品を使って、川の深い場所でも駆除が可能になった。時間をかけてゆっくりと放出されるニクロサミドは、川底まで沈み、そこに隠れている成魚まで届いた。現在はこれらの薬品に加えて、ダムや堰を戦略的に活用してウミヤツメの拡大を抑えている。

コロナ禍で証明された効果、さらに新たな方法も

 新型コロナウイルス感染症の流行で2020年から2021年にかけて駆除作業が滞ったことで、ウミヤツメの数がぐんぐん回復していくのを、関係者は手をこまねいて見ているしかなかった。

 しかし、2022年に処理量が元に戻ると、再び減少し始めた。まだ数は多かったものの、意図せずしてプログラムの効果が証明されることになった。現在、GLFCは年間およそ850万匹のウミヤツメを駆除している。また、遺伝子組み換えやゲノム編集を利用した駆除方法も研究が進められている。

「今はゲノムを理解しようとしている段階で、まだ何も改変してはいません」と、ガデン氏は言う。

「けれど、遺伝学を慎重に利用することで、50~60年後には根絶は可能になるだろうと考えられています」

文=Andy Vasoyan/訳=荒井ハンナ

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