なぜ池の水を全部抜いたのに、外来種がまた増えるのか…密放流という「環境テロ」を繰り返す釣り人の罪

 日本の生態系を破壊する外来種は、どこからやってくるのか。人気テレビ番組「池の水ぜんぶ抜く大作戦」(テレビ東京)の解説をつとめる久保田潤一さんは「一部の釣り関係者が自らの楽しみのために外来種を密放流している。見つけ次第駆除しているが、いたちごっこが続いている」という――。(第1回)

 ※本稿は、久保田潤一『絶滅危惧種はそこにいる』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

■「釣り人の密放流」との戦い

 「密放流」とは、生物を秘密裏にこっそり放流すること。意図的かつ必要な手続きを踏まずに放流することを指す。

 多くは一部の釣り関係者によって、自らの楽しみや利益のために行われるが、地域の生態系を破壊する最悪な行為の一つと言える。

 東京都には、都立公園(東京都建設局所管)が83カ所ある。

 その中でも最大の公園が、狭山丘陵にある野山北(のやまきた)・六道山(ろくどうやま)公園である。

 まだ一部開園していないものの、全部合わせた面積は260ヘクタールにもおよぶ。東京ドーム55個分という広さだ。

 公園の大半はコナラを中心とした雑木林に覆われていて、丘と谷が入り組んだ、自然豊かな場所だ。この野山北・六道山公園も僕たちが管理する公園の一つだ。

 この公園の中に桜沢という谷があり、そこに桜沢池という池がある(写真1)。

 これまでに僕たちが行った桜沢池の調査で、11種の生物が確認されているが、その顔ぶれに危機を感じる。

■「外来種御六家」全種がそろう池

 在来種はドジョウ、ニホンスッポン、ニホンマムシ、アズマヒキガエル、スジエビ。特にアズマヒキガエルの大繁殖地になっていて、春は水際がオタマジャクシで真っ黒に染まるほどだ。

 ニホンスッポンとニホンマムシは絶滅危惧種だし、これらを見るとむしろ良い池だなという印象を受ける。

 問題は外来種だ。

 オオクチバス、ブルーギル、コイ、アカミミガメ、ウシガエル、アメリカザリガニの6種類で、いずれも「侵略的外来種(※1)」と位置づけられるものだ(写真2)。

 ※1「侵略的外来種」とは、外来種の中でも生態系への悪影響が特に大きいもの。日本における侵略的外来種は、環境省と農林水産省によって「生態系被害防止外来種リスト」にまとめられている。

 日本中、どこの池に行ってもどれかは出現することから、僕は「外来種御六家」と呼んでいるが、その全種がこの池には勢揃いしている。

■「殴りかからんばかりに怒る釣り人」も  その背景として問題なのが、バス釣り人の存在だ。  都立公園では、一部の例外を除いて釣りを禁止しているが、桜沢池ではバス釣りをする人が後をたたない。  釣る人がいるということは、池に放流する(した)人がいるということだ。  この公園にはパークレンジャーを配置していて、パトロール中に釣り人を見つけた場合にはルールを伝え、釣りをやめるように指導を行っている。  たいていの人は禁止であることをわかってやっているので、指導されると「はいわかりました」とおとなしく引き下がる。  だがそれは表面だけで、レンジャーが立ち去るのを待って釣りを再開するパターンが多い。  また、中にはレンジャーに殴りかからんばかりに怒る釣り人もいる。  パークレンジャーは警察ではないので強制的にやめさせる権限はないし、ケンカをするわけにもいかないので、伝えるべきことを伝えた後には立ち去るしかない。  対応はとても難しい。  ただし、パークレンジャーは不屈だ。怒鳴られようがスカされようが、釣りの現場を確認したら必ず、何度でも指導を行う。公園の自然と安全を守るうえで欠かせない存在だ。

■上皇陛下が持ち帰ったブルーギル

 さて、桜沢池のかいぼりは、18年12月15日に実施となった。

 採れる魚は、多くがその年に生まれたブルーギルだ(写真3)。

 掬(すく)うたびにギル、ギル。

 最小のものは10円玉より小さい稚魚だ。明らかにこの池で繁殖している。なんと全部で2831匹も採れた。

 ブルーギルは、北米原産の外来種だ。1960年、当時の皇太子、明仁親王(現上皇)がアメリカを訪れた際にシカゴ市長から贈られ、15匹を日本に持ち帰ったという。

 それが皇居内の池や静岡県の一碧(いっぺき)湖に放流されたのを皮切りに、徐々に放流エリアが広がっていった。

■バス釣りのためにブルーギルを放流

 さらにそれを全国の隅々まで広げたのがバス釣りの流行だ。

 「ブルーギルはオオクチバスの餌として良いので2種をセットで放流するべし」ということで、釣り関係者が全国の水辺に放流した結果、ここ狭山丘陵の池にもブルーギルが生息することになった。

 桜沢池のかいぼりでは、オオクチバス、ブルーギル、コイの3種については根絶させることに成功した。

 今後、ウシガエルとアメリカザリガニが急激に増える可能性があることは経験済みなので、これに気をつけながら管理していけば、在来種の棲む池へと変えていくことができるだろう。

 絶望的と言えるほどの結果ではあったが、逆に言えばこれ以上落ちることはないし、今後は良くなる一方ではないか。このときはそう思っていた。

■「3年以下の懲役もしくは300万円以下の罰金」

 「これで桜沢池は生まれ変わるぞ」  そう思っていた矢先のことだった。

 5月の終わり、すっかり平和になったはずの桜沢をパトロールしていたパークレンジャーより、緊急連絡が入った。

 「桜沢池を大きなバスが泳いでいる。少なくとも2匹いる」

 やられた、密放流だ。

 かいぼりでオオクチバスがいなくなったことを知ったバス釣り人が、またこっそりと放流したのだろう。

 あれだけみんなで頑張ったことを一瞬で無にしてしまう、その行為をいとも簡単にする人がいることが衝撃だった。

 オオクチバスは特定外来生物に指定されているから、放流は犯罪だ。

 個人がこの罪を犯した場合、3年以下の懲役もしくは300万円以下の罰金となる。

 ショックを受けつつも、ボヤボヤしていられない。

 5月の終わりは、オオクチバスにとっては繁殖最盛期に差し掛かっているから、もし見つかった2匹がオスとメスだったら、繁殖する可能性がある。

 そうなれば、せっかくの努力がいよいよ本当に無駄になってしまう。

 釣り経験のあるスタッフに指示し、すぐに2匹を釣り上げた。しかし翌日、オオクチバスの成魚がもう1匹泳いでいるのが確認された。

■密放流は「環境テロ」

 そしてその3日後、恐れていたことが現実になってしまった。桜沢池の中に、オオクチバスの稚魚が群れで泳いでいるのが発見されたのだ。

 孵化までの日数がおおむね1週間ぐらいであることを考えると、2匹を釣り上げたときにはすでに産卵は終わっていたことになる。

 環境保全的にも、精神的にもダメージが大きい。

 密放流を「環境テロ」と表現するのをときどき耳にするが、まさにそのとおりだなと実感する。

 やはり水を抜くしかあるまい。かいぼりでは池の水を電動ポンプで抜いたが、今回はサイフォンの原理で抜いてみることにした。

 時間はかかったが、池の水は見事に抜けて、オオクチバスの稚魚をすべて駆除することに成功した(写真4)。

■外来種駆除の取り組みに「腹を立てている人」

 「でも、また放流されるんじゃないだろうか」

 かかわっているみんなが、そう考えずにはいられなかった。だが、いいのだ。放流されたらまた水を抜いてすべて駆除する。

 何度でも。そういう姿勢を見せることが、密放流の防止につながっていくはずだ。

 池の水が抜けているうちに、釣りを邪魔するためのネット張りも実行。

 釣り人の気持ちになってみると、買ったばかりの高価なルアーを失うわけだから、これは嫌だろう。効果があるかもしれない。

 警察にも相談し、パトロールを強化してくれることが決まった。

 かいぼり後に密放流が行われたこと、それが犯罪であり警察に相談していること、密放流を目撃したら情報を寄せてほしいこと、これらを看板にしたためて、桜沢池の前に立てた。

 その後、新たな密放流は確認されていないが、水中に張ったネットにルアーが引っかかっていたことが数回あったので、おそらくバスが駆除されたことを知らずに釣りに来た人がいたのだろう。

 また、設置した看板が壊されていたことが3度あり、我々の外来種駆除の取り組みに腹を立てている人がいることもわかっているので、油断できる状況ではない。

 今後もスタッフみんなで力を合わせ、桜沢池をよみがえらせる努力を続けていく。

———- 久保田 潤一(くぼた・じゅんいち) NPO birth自然環境マネジメント部部長 1978年、福島県生まれ。特定非営利活動法人NPO birth自然環境マネジメント部部長。技術士。98年東京農業大学短期大学部に入学し、その後、茨城大学に3年次編入。卒業後、環境コンサルティング会社などを経て、2012年NPO birthへ。絶滅危惧種の保護・増殖や緑地の保全計画作成など、生物多様性向上に関する施策を広く行っている。テレビ「緊急SOS!池の水ぜんぶ抜く大作戦」(テレビ東京系)にも専門家として出演。 ———-

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