日本固有の生態系を脅かす外来種が各地で問題になっていますが、持ち込まれる外来種本体だけでなく、それに寄生する生物でも同じことが起きているようです。ダニ研究者として知られる国立環境研究所生物多様性領域生態リスク評価・対策研究室長の五箇公一さんが解説します。
先日、オオサンショウウオから新種の寄生虫が発見されたというニュースが発表された。オオサンショウウオは国の特別天然記念物に指定される日本固有の巨大両生類だが、実は今、その固有性が外来種によって脅かされている。
1970年代に食用目的で輸入されたチュウゴクオオサンショウウオが京都府内の河川で野生化し、日本のオオサンショウウオとの間に交雑種が生じていることが問題となっている。交雑が進み、外来種由来の遺伝子による侵食が拡大すれば、日本産オオサンショウウオの遺伝的固有性は失われ、最悪、事実上の絶滅を招くことになる。
さらに、チュウゴクオオサンショウウオが外来の寄生生物を持ち込んでいるリスクも指摘されていた。滋賀県立大と京都大の研究グループが京都の鴨川に生息するオオサンショウウオの交雑個体における寄生虫を調査した結果、2種類の新種の寄生虫が発見されたという。
幸い、これらの新種は外国から持ち込まれたものではなく、日本固有の種である可能性が高いことが判明した。一方、オオサンショウウオの固有性が喪失する中で、寄生虫の固有性にも悪影響が出る可能性があり、「寄生生物の保全」も検討する必要があると、研究グループは指摘している。
外来生物による寄生生物の固有性喪失という懸念は、ダニの世界でも広がっている。筆者がこれまで研究してきた外来昆虫に「セイヨウオオマルハナバチ」というヨーロッパ原産のハチがある。本種は農業現場における花粉媒介昆虫として商品化され、我が国も90年代から、大量の人工コロニーが輸入されている。
本種の導入に際して、やはり外来の寄生生物の持ち込みが心配された。そこで筆者らの研究チームが輸入コロニーを調査した結果、働きバチの体内から寄生ダニが発見された。日本で確認されたのは初めてで、まだ和名が付いておらず、我々は「マルハナバチポリプダニ」と命名した。
すでに北海道を中心にセイヨウオオマルハナバチの野生化が進行していたため、このダニが野生の在来マルハナバチ集団の中に広がっている可能性があった。我々は在来マルハナバチを全国で採集してダニの寄生状態を調べてみた。
その結果、日本のマルハナバチからもこのポリプダニが発見された。DNA分析の結果、日本のマルハナバチに寄生していたダニは日本固有の系統であることが判明した。だが、野外のマルハナバチ集団におけるダニの遺伝子頻度の変化を追跡調査すると、年々外国産ダニの遺伝子が広がっていることが確認された。
一方で、日本のマルハナバチも商品化目的で欧州に輸出されたことで、日本産のダニが欧州の工場内に持ち込まれ、広がり始めていたことが明らかとなっている。その後工場内でダニの駆除作業が行われたらしく、以降ダニの国際移動は今のところ収まっている。
昆虫のトレードによって寄生ダニの世界にも異変が起きている。誰も気にしないような話かもしれないが、ダニ研究者にとっては一大事である。(国立環境研究所生物多様性領域生態リスク評価・対策研究室長)=次回は1月26日掲載