東京都と神奈川県の境を流れる多摩川で、本来生息しないはずの熱帯魚や大型肉食魚などの外来魚が次々と見つかっている。南米アマゾン川になぞらえ「タマゾン川」という言葉も生まれたが、河川の「アマゾン化」は多摩川に限らず、各地で進んでいるという。なぜ日本の河川に熱帯魚が生息するのだろうか。生態系に影響はないのか。(時事ドットコム編集部 横山晃嗣)
「バスっ子!バスっ子!」―。2022年5月30日午後、多摩川の二ケ領上河原えん堤下流で生息する魚の生態調査を行っていた淡水魚研究家、山崎愛柚香(あゆか)さん(29)=川崎市=が興奮気味に叫んだ。胴長姿で浅瀬をざぶざぶ進み、逃げるブラックバスの稚魚を玉網に追い込む。俗に「バス」と呼ばれるオオクチバスとコクチバスは、雑食性で食欲が旺盛だ。在来種の魚やエビ、昆虫などを捕食して生態系に深刻な影響を与える恐れがあるため、特定外来生物に指定されている。稚魚は逃げたが、山崎さんは近くに産卵場所があると分析した。
調査地点の十数キロ下流で、同じく特定外来生物のロングノーズガーを釣った人もいる。成長すれば全長約2メートルに達する北米原産の大型肉食魚で、21年7月に釣り上げた30代男性=同=は「うわさには聞いていたが、本当にいるとは思わなかった」と語る。
多摩川は、かつては「死の川」と言われた。1960年代の高度経済成長期には産業排水と家庭排水で水面が泡立つほど汚染されていたが、下水道整備などで水質が改善。90年代には推定で百万匹、2012年には1194万匹のアユが遡上(そじょう)するまでに。数は年によって大きく変動し、21年は32万匹にとどまったが、今年も250万匹が川を遡った。02年にはアゴヒゲアザラシ「タマちゃん」も人気を博している。
山崎さんによると、現在、多摩川には約200種類の魚が生息する。だが、その4分の3は熱帯魚などの外来種だ。「グッピーやエンドリケリー、レッドテールキャットフィッシュなどペットショップに売っている魚はほぼ全て見つかっている」という。男性が釣ったロングノーズガーも「飼育していた誰かが、大きくなるなどして飼いきれなくなり、多摩川に放した可能性が高い」と話した。
◆越冬できる?
しかし、グッピーなどの熱帯魚を飼育するには温度管理が重要なはずだ。東京でも冬には雪が降る。冬を越えて生き続けられるのだろうか。
国立環境研究所生態リスク評価・対策研究室の五箇(ごか)公一室長(57)によると、冬場の水温が5度以下まで下がる多摩川でも、生活排水がたまりやすいエリアでは15度前後で維持される。「下水処理施設は水質を良くすることはできても、水温を下げることまではできない。排水で温かい水が入り込むところには、外来魚が住みやすい環境が生まれる」と解説する。
東京都下水道局によると、処理場から多摩川に流れる排水の平均温度は夏場で27度、冬場で18度前後。担当者は「生活が便利になり、お湯を使うことが当たり前になったことで、昔と比べて温度が上がっている」という。
◆駆除は
五箇室長は「外来種は生態系が人の手でゆがめられ、在来種が弱まったところに侵入しやすい」と話す。侵入した外来種が生態系に溶け込んでしまっているケースも多く、「一種だけ駆除してしまうとバランスを崩し、ほかの外来種が爆発的に増えることもある。管理や駆除は、生態系がどうなっているのかを考えながら科学的に行う必要がある」という。
魚ではないが、外来種が人間の役に立っているケースもある。餌を集めるのが上手なセイヨウオオマルハナバチは、在来種の餌も奪ってしまっているものの、トマト農家が受粉に利用している。五箇室長は「外来種がもたらす影響に注目し、今ある人間社会と自然との関わりを考慮して駆除するのか、減らすのか、あるいは利用するのか考えないといけない」と語る。
◆おさかなポスト
本来生息するはずのない外来種は、在来種を捕食したり、病原菌やウイルスを持ち込んだりして、その土地古来の生物を滅ぼしてしまう恐れがある。環境省が全種類を特定外来生物に指定しているガー科などが放流されては、せっかく「死の川」から復活した多摩川の生態系にも影響しかねない。
そんな懸念から始まったのが「おさかなポスト」という取り組みだ。家庭で飼育できなくなった熱帯魚やコイ、カメなどを引き取り、新しい飼い主を探す。犬や猫の里親を探す活動の「魚版」と言える。
川崎市にある任意団体「おさかなポスト」の現代表は、先に登場した淡水魚研究家の山崎さんが務めている。団体を立ち上げたのは、2021年に亡くなった父充哲(みつあき)さん=当時(63)=。03年に取り組みを始め、飼いきれなくなった飼い主から約200種、10万匹以上の熱帯魚やカメなどを預かって新しい飼い主につないできた。
後を継いだ山崎さんによると、引き取り依頼はコイが圧倒的に多く、飼い主が亡くなったり、飼育用の池が老朽化したりして飼えなくなったといった相談が大半という。「在来種であっても、外来種であっても、既にバランスが保たれた生態系に新たな種が持ち込まれればどんな影響が出るか分からない」と山崎さん。各地で「移動水族館」を開催して引き取り手を探し、保育園や小学校、ホテル、障害者施設などに引き渡している。
コイもカメも種類によっては100年以上生きるとされるが、おさかなポストのような取り組みは、決して活発とは言えない。山崎さんによると、販売業者が引き取るケースもあるが、引き取り後、殺処分されることが多く、「両生類、は虫類、魚類についても行政がシェルターを作るべきだ」と訴えた。
◆人が興味を持ち続ける川に
「川はどういう形であってもいい。川に興味を持つ糸口になるならタマゾン川でもガー釣りでもいい」。親子2代で多摩川の自然を守る活動を続ける山崎さんに「タマゾン川」という呼び名をどう思うのか尋ねた際の答えだ。背景には、充哲さんから引き継いだ「人々の興味や関心がなくなれば川は駄目になってしまう」との持論がある。「人間にとって良い川である最低条件は、生き物にとって良い川であること」と語った山崎さん。「人があふれ、人が常に関わりを持てる多摩川であってほしい」と力を込めた。