災い転じ生き物に優しい水辺へ 「流域治水」機に変わる川

【深層リポート】長野発 国が令和2年に導入した「流域治水」の概念により、ダムや堤防で囲った中だけでなく、田んぼや緑地なども含めた流域全体で暴れる水をなだめることになり、合わせて生態系保護の視点が強調された。元年の台風19号で想定を超す水が流れ込んだ国内最長の千曲川(信濃川)では、現在、河川整備計画の見直しが進められているが、この精神を尊重した追記が随所にみられる。人命や財産を守るだけでなく、生き物の住みやすさも両立する水辺づくりが本格化している。

■今世紀末に流量1・2倍

千曲川は長野県の東端から北へ流れ、新潟県で信濃川に名前を変え日本海にそそぐ。全長367キロは全国1位、流域面積で3位の国を代表する大河だ。川は、ときに荒れ狂うが、平時は水生植物や魚類を育て、昆虫や鳥が周辺の里山と行き来することで、物質を循環させる生命の源だ。

温暖化の影響で、今世紀末の気温が産業革命前からプラス2度に抑えられた場合でも、降雨量は1・1倍に増え、川への流水量は1・2倍になるとの試算がある。堤防を高くし、土砂をえぐる対策はいずれ行き詰まる。そこで令和2年7月、国土交通省は「流域治水」を導入。流域の関係者全員が協力して防災・減災に取り組むという概念だ。

また、3年春の特定都市河川法改正時には衆参両院の付帯決議に「グリーンインフラの考えの推進」や「生態系ネットワークの形成」などの言葉が盛り込まれた。河川整備において、生態系を重視する機運が一気に高まった。

■鳥や魚の生息環境再生

こうした環境下で作成された千曲川の整備計画の変更原案には「コアジサシ等の生息・繁殖環境である砂礫(されき)河原に代表される不安定帯を再生」「アユ等が生息する瀬や淵、動植物の生息・生育・繁殖環境として重要なワンドの保全・創出」などと随所に生態系への配慮方針が追記された。現在、パブリックコメント募集中だ。

今年1月、長野県の上田市、千曲市など4自治体による「千曲川の恵みを取り戻す会」が結成された。鳥や昆虫、淡水魚の専門家も加わり、外来魚駆除、在来魚の復活などで「アユ釣りの聖地」としての復権を目指す。

■「魚の避難」も考える

メンバーで長野大学淡水生物学研究所の箱山洋所長は、千曲川の漁獲量が中長期的に減少しているとした上で、台風19号でも川のまっすぐに流れるところでは緑の草木が洗い流され、おそらく魚も死んだとみている。「生きている魚にはもともとの川の特徴である流れが緩やかなワンドや浅瀬などが欠かせない」と、出水時の魚の避難を考える必要性を説く。

信州大学の平林公男副学長(淡水生物学)は、広くゆっくり流れていた川が、時間がたって深く狭くなり、有機物が下にたまって生態系によくない状況になっているとし「広く浅い川の断面を作ることが必要」だとする。洪水などで定期的に攪乱(かくらん)される自然界の機能を、どのように治水と両立するかは工学の腕の見せ所だろう。

国内には河川法に指定される川だけで約3万5千本あり、存在感は大きい。河川を「排水機能」とせず、生命の源と考えることで、日本の景観がどのように変わるのか楽しみだ。

【グリーンインフラ】 コンクリートで構築する社会資本整備を「グレーインフラストラクチャー」とし、それに対して自然環境を活用する概念。土砂の移動を考慮して砂浜を復活させる河川の設計や、大量の水を一時的に水田などに逃がしながら水が引けば速やかに戻れるようにした開口部のある堤防「霞堤(かすみてい)」などが例。広義には屋上緑化や街路樹も含む。

【記者の独り言】 千曲川の上田市付近では、川の流れで洗われた石に卵を産む淡水魚ウグイの習性を利用した「つけば漁」という伝統漁法がある。春にはウグイ料理を提供する「つけば小屋」が河原に店を出す。近年、漁獲量も店も減少傾向にある。主因はカワウや外来魚とみられるが、ある種の農薬も疑われている。水辺の生態系を意識するようになれば、国民の環境保護に対する意識が一層高まるのではと期待する。(原田成樹)

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