タイやフグの身が大幅アップ! 魚の品種改良に勝機【未来予測】

 2021年12月3日発売の「日経トレンディ 2022年1月号」では、「2022-2030大予測」を特集。ゲノム編集による食品の“品種改良”が進み、2030年には生産が超効率化する。既に可食部が最大1.6倍にアップしたマダイや、GABA含有量が4~5倍のトマトなどが続々と誕生。まだ手付かずの昆虫は改良の余地が大きく、コオロギが世界的なたんぱく質不足を補う一手として期待される。

 筋肉量を増量した“マッスルマダイ”を知っているだろうか。これはゲノム編集によって実現されたマダイの新たな品種だ。しかも、実は日本から生まれた、世界初の動物のゲノム編集食品となっている。

●国内でゲノム編集食品の承認が開始

 2021年9月に承認されたリージョナルフィッシュのゲノム編集マダイ「22世紀鯛」は、可食部を最大1.6倍にまで増やすことができた。ブリやサーモンといった魚の可食部が6割以上あるのに対し、天然のマダイは約4割と少ない。そのため廃棄割合が高くなってしまうという課題を解決すべく、ゲノム編集が行われた事例だ。

 同社は続けて21年10月、トラフグについてもゲノム編集食品の承認を得た。成長が早くなる品種改良を行って、成長速度を最大2.4倍に高め、生産効率を大幅に上げている。

「水産物では品種改良が進んでこなかったが、完全養殖できる品種では成長速度を進める改良が可能。これをベースに、他の特性を上乗せしていく形が基本になる」と言うのは、リージョナルフィッシュ代表の梅川忠典氏。成長速度が速まれば、その分出荷までに与える飼料が少なくて済むのがメリットだ。実際、成長速度を速めることを目的としなかった同社のゲノム編集マダイでも飼料利用効率は16%改善。それを目的としたゲノム編集トラフグに至っては42%と大幅に改善したという。

 世界で飼料不足が深刻化する中、サステナブルなたんぱく質として期待が高まるが、成長速度を速めることは消費者メリットにもつながる。生産効率が上がった分、小売店での売価も抑えられるのだ。さらに、従来よりおいしい食品を追求することも可能。リージョナルフィッシュのゲノム編集マダイは可食部の増加とともに、肉質が従来より軟らかくなっているという。

 現在、ゲノム編集先進国となっているのは、米国やアルゼンチンだ。作物を中心に種類が増加し、米国では一部商業利用も進んでいる。日本でも19年10月にゲノム編集食品の届け出制度が整備されて以降、動きが加速。20年12月には筑波大学発のスタートアップ・サナテックシードのトマト「シシリアンルージュハイギャバ」がゲノム編集食品として国内で初めて承認された。血圧上昇を抑える働きがあるGABAの含有量を、GABAの量を制限する遺伝子の一部を切断することで通常の4~5倍にまで高めている。

狙った遺伝子を切断、使いやすい個体へ品質改良

 では、そもそもゲノム編集とはどのような技術なのか。それは、働きの分かっている遺伝子を狙って切断し、生物の性質を変化させるものだ。例えば先ほどのリージョナルフィッシュのマダイは筋肉量を調節する遺伝子を切断することで、可食部を増やした。トラフグも食欲を調節する遺伝子を切断することで、よく食べ早く成長する個体へと品種改良している。

 なお、ゲノム編集食品は遺伝子組み換え食品と混同されがちだが、前者は外来遺伝子を挿入することはないので全くの別物。遺伝子が切れ、突然変異するのは自然界ではごく普通に起きる現象だ。

 また、従来の品種改良と異なるのは、変化させる遺伝子を狙い打ちできる点。放射線でランダムに遺伝子を変化させる従来の品種改良法では、ターゲット外の遺伝子も変異してしまい、狙った変化が生じた遺伝子を選抜するのに時間と労力がかかるのが難点だったが、ゲノム編集はこれを解消。さらに、12年にCRISPR-Cas9という新たなゲノム編集ツールが生み出されたことも大きかった。遺伝子改変にかかる労力、費用、時間を大幅に短縮し、遺伝子改変のハードルが格段に下がったのだ。

●【2030年はこうなる!】魚介類の生産は超効率化 食用として昆虫の品種改良も進む

 ゲノム編集食品は、25年から30年の間に訪れるというたんぱく質危機への有力な対抗策にもなり得る。人口増加に伴いたんぱく質の需要が急拡大する中、家畜の飼料となる穀物などの供給が追い付かず、たんぱく質不足の解決が世界的に急務となっているのだ。

 意外なところもゲノム編集の流れに乗り始めた。新たなたんぱく源として注目されるコオロギだ。コオロギを粉末化し、無印良品「コオロギせんべい」の原料を供給したり、コオロギのオリジナル商品を販売したりしてきた徳島大学発のスタートアップ・グリラスは、現在は展開する食品の原料にゲノム編集を行っていないコオロギを使っているが、今後はゲノム編集で食用コオロギを生産する可能性を探る予定。詳細は明かさないものの、食用に適した外骨格が白色の系統や、低アレルゲン系統、生存率が高く気質のおとなしい系統、成長の早い系統といった品種改良を目指し、コオロギのたんぱく源としての使いやすさを追求していく。

 日本の場合は、水産物のゲノム編集食品が思わぬ理由によって存在感を示しそうだ。たんぱく質の需要拡大に伴い、世界では養殖を中心に水産物生産量が伸長しているが、日本は縮小の一途をたどり、養殖業による供給も追いついていない。そこで、リージョナルフィッシュではゲノム編集で生産効率を上げた水産物の養殖を養殖業者に頼み、協力して水産物生産量の改善を図ろうとしている。同社は魚だけでなくエビや貝など、20品目以上の水産物についてゲノム編集の研究を実施中。成長のスピードに合わせ、2~3年に一度同じタイミングで複数のゲノム編集水産物が出てくる予定だという。

 今では口にするほとんどの農産物、畜産物は品種改良種だといわれているが、水産養殖の歴史は約100年ほど前からと浅く、魚の品種改良はほとんど進んでいない。そもそも食料として想定されていなかった昆虫も同様だ。既にかなりの品種改良が行われてきた農産物や畜産物に比べ、まだ手付かずの水産物や昆虫はそれだけ改良の余地が大きい、まさしくブルーオーシャンだ。ゲノム編集によって品種改良のハードルが下がった今、食を取り巻く状況は、従来の何倍ものスピードで改善していくだろう。

山口佳奈

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