佃煮のホンマの発祥地! アユが遡上する淀川は生きてんで

淀川のもう一つの顔に迫る!
 大阪屈指の繁華街・梅田のグランフロント大阪や梅田スカイビルが真近に見える淀川の河口で、漁が行われていることをご存じだろうか。古くから産業河川として大きな役割を果たしてきた淀川は、多様な生態系を育む「生きた川」。水都・大阪を代表する淀川の、もうひとつの顔に迫る。

大阪市内に漁協があるのん?!

 ある日、友人に勧められて参加した「大阪産(もん)加工品勉強会」で、「無添加ハゼ出汁パック」が販売されていた。試食で出されたハゼ出汁のおつゆは、昆布出汁とはまた違う、まるぅくて優しい甘さでその美味しさにびっくり。ハゼの出汁なんて聞いたことなかったし、何よりそのハゼが大阪の、それも淀川で獲れたハゼやなんて。そして、ハゼ出汁パックの販売元が大阪市漁業協同組合(以下、大阪市漁協)って! 大阪市内に漁協があるなんて、知らんかった。

 大阪でも関西国際空港に近い泉佐野や岸和田のあたりには、漁協が運営する青空市場やみなとマルシェなどがあることは知ってたけど、大阪市に漁協? しかも、淀川が漁場って? 

 ロンドンのテムズ川やNYのハドソン川で、漁が行われてるようなもんやよね? ちなみに私が住んでいるのは淀川まで歩いて数分のマンションで、毎日淀川を見て暮らしている。これは話を聞くしかないと、ママチャリを漕いで市漁協へ向かった。

 市漁協は淀川の河口の先端、此花(このはな)区常吉(つねよし)にある。その先の橋を渡ると埋め立て地の舞洲(まいしま)で、世界で最も美しいというか奇抜なゴミ処理場がある。ずうーっと淀川を見ながら遊歩道を自転車で走ってきたけど、空も海もばぁーんっと開けていて、めっちゃ気持ちいい。大阪市内とは思えないほど、空も海も青くて広々している。市漁協の先はすぐ海である。

日本で一番古いかもしれない大阪市漁協

 大阪市漁協は、大阪府にある漁協の中では一番北に位置し、港区・此花区・西淀川区にある支部を統括している。主な漁場は、淀川河口から約10キロ遡(さかのぼ)ったところにある大堰(おおぜき)までと大阪湾だ。総務次長の畑中啓吾(けいご)氏に話を聞いた。

 「この辺りは昔から漁業が盛んで、歴史はめちゃめちゃ古いんです。有名な話としては、1586(天正14)年、徳川家康一行が神崎川を渡る際、佃(つくだ)・大和田村の漁民が協力したのが縁で、大坂冬の陣・夏の陣のときも、家康側についたんです。そんなことから、佃・大和田の漁民は江戸城へ魚を献上するお役をいただき、後に、どこで漁をやってもいいとの特権も与えられます。そして、一部の村民が江戸の隅田川近くに移住したのが、東京の「佃島」です。故郷にちなんで、「佃島」と名付けたんでしょうね。佃煮の発祥は東京の佃島と言われてますけど、実は大阪の佃の漁民が、小魚を醤油で炊いた自家用の惣菜が発祥なんです」

 何と、徳川家康と所縁があるとは。しかも、「佃煮」の発祥地というエピソードを持ってはる大阪市漁協は、すごい。

 その大阪市漁協が漁場としている淀川は琵琶湖を水源とし、支川数は965本で日本一多い。瀬戸内海に流入する河川の中では流域面積8,240平方キロメートルと最も広く、流域人口は西日本で最も多い。つまり、淀川の周りには住んでいる人が多く、今のように下水処理が行われていなかったころは、人が出す汚物や残飯などが流入する栄養豊富な河川だったため、淀川そして大阪湾では魚や貝が沢山獲れた。大阪を表す「なにわ」という言葉の由来は、魚が沢山獲れる海を表す「魚庭(なにわ)」であるという説や、クロダイの別名「チヌ」は、「茅渟(ちぬ)の海」と呼ばれた古代大阪湾に多く生息していたからなど、魚と大阪は深い縁がある。大阪人の中に、開けっぴろげで細かいことを気にしない海洋性の気質が混じっているのも、海との距離が近いせいかもと思ったり。

ウナギやスズキが獲れる川

 さて、現在の淀川では、どんな魚が獲れるんやろう。

 「ウナギやボラ、ハゼやスズキ、シジミも獲れます。ちょっと海側やとキビレやチヌ、イワシやコチ、ガザミ、クルマエビやヨシエビなんかも。先日イベントをやったときは、アカエイを釣ってる人がいましたね。大阪湾のシラスやイカナゴを獲りに行くときは、漁協の船を使って3艘1船団で漁に出ます」(畑中啓吾氏)

 シラスやイカナゴ漁の水揚げは年間1億円前後だが、その2~3割は高騰する燃料代に消えてしまうそうだ。また、獲ったシラスやイカナゴは、入札場がある岸和田に水揚げされる。

 畑中氏が仕事を始めた約20年前は100人くらいの漁師さんが組合にいたそうだが、現在は40人前後。高齢化が進み、亡くなったり辞めていく人も多い。そもそも川漁は季節によっては全く獲れない時期もあるので、船を使った仕事などと兼業している人が多いんやそう。漁師さんが獲ったウナギとシジミは漁協が買い取るが、他の魚は漁師さんが直接料理屋やお得意さんに売っている。

カレイやアユの稚魚も、淀川で暮らしている

 「柴島(くにじま)周辺、そして新淀川大橋から淀川大橋にかけて干潟(ひがた)があるんですが、そこでは多くのエビや貝をはじめ、イシガレイやマコガレイの稚魚、そしてアユの稚魚などが生息してます。淀川の上流にいるアユは秋に川を下り、淀川河口近くで産卵・孵化し、仔魚(しぎょ)=アユの赤ちゃんになります。仔魚はその後、川を流れ海にたどり着き、体長1~5センチくらいの稚魚となって海や河口で冬を越し、春になると、また川を昇ってくるんです。サケみたいでしょ」(畑中啓吾氏)

 淀川でアユの仔魚や稚魚が暮らしてるなんて、これまた知らんかった。また、海遊館近くの岸壁にはアユの稚魚が目で確認できるほどわんさかいて、調査の結果、これらの稚魚が京都の木津川や桂川らへんまで遡上(そじょう)しているらしい。淀川の河口は、流域河川のアユたちのゆりかごになってるってことやね。こういう干潟がもっと増えたら淀川はもちろんのこと、上流の川も豊かになるよね。護岸をコンクリートで固めるより、そっちのほうがいいんちゃうん? 

 これまで、鉄道や自動車が発達するまでの物流の大動脈、そして防災や工場取水の産業河川としてしか捉えていなかった淀川。けれどもそのイメージが、一気に「豊かで生きた川」に変わった。

 淀川は、生きてるんや。

「汚い川」というイメージ

 昭和40年代は光化学スモッグや海の赤潮、河川の水質汚染がほぼ毎日ニュースになっていたこともあり、大阪の川や海は汚いもん、と私も思いこんでいた。けれど今、淀川を見ると匂いもしないし、岸に近いところの水は透き通っている。

 「とにかくイメージが悪いんですよ。未だに汚いと思ってる人が多いけど、下水処理が進んで、今は水が綺麗になりすぎて魚が減ってきてるんです。ちょっと汚いくらいのほうが植物プランクトンの栄養になって、それを食べに動物プランクトンが寄ってくる。そうすると魚も寄ってくる。汚いと言われてた昭和の終わりぐらいのほうが、船が沈むぐらいシジミが獲れてたし、ウナギなんかもじゃんじゃん揚がってたと聞いてます。

 最近、瀬戸内海のイカナゴが不漁ですけど、兵庫県立農林水産技術総合センターがその理由を、海の栄養分が減ったからと発表したんです。それを受けて、兵庫県は植物プランクトンのエサとなる全窒素という物質を、今までより増やして海に放出する取り組みを始めました。魚のこと考えたら、ちょっと汚いぐらいがええんですよ」(畑中啓吾氏)

 「水清ければ魚棲まず」ということわざ通りやないですか。人間も、キレイキレイし過ぎたらアカンよね、きっと。ちょっと猥雑でざわざわしている街でないと、生きていかれへんのよ。スマートシティとか、人が生きるとこちゃう、絶対無理、って思う。

淀川の魚を食べてほしい

 大阪市漁協ではこれまで、淀川で獲れる魚を食べてもらう機会を作るため、淀川の天然うなぎのブランド化をはじめ、淀川産ベッコウシジミのしじみ汁やイワシのオイルサーディン、しらすコロッケなど様々な商品開発を行ってきた。前出のハゼ出汁もそのひとつ。ただ、いかんせん漁獲量が安定しないので、年間を通しての商品開発ができそうでできない。自然の恵みをいただく漁業ならではの悩みで、よく考えたら当たり前なんやけどね。

 また、漁業協同組合の役割には生態系の維持や環境保全もあり、大阪・関西万博の淀川左岸トンネル工事などによる水質汚染が起こらないように、国土交通省や大阪市へ申し入れも行っている。ただ、河川の優先順位としては1に防災、2に利水、3、4がなくて環境は5番めくらいとなり、どうしても後回しにされがちなので、その辺りはジレンマを抱えているそうだ。

いざ、淀川のハゼ漁へ

 ここまで話を聞いたら俄然、淀川での漁を知りたくなり、畑中氏に漁師歴70年を超える超ベテランの漁師・松浦萬治(まんじ)さんを紹介してもらう。某日、西淀川区姫島にある通称・松浦アリーナを訪ねた。

 「こっから船に乗り。ちょっと揺れるから気ぃつけて」。小型漁船の真ん中に、おそるおそる座ると、松浦さんがスターターロープをぐいと引っ張った。エンジンがブルブルと音を立て、川面をボートが滑る。うっひょ~! 気持ちいい。水面まで約10センチ。水しぶきが飛んでくる。汽水域なので、水は塩辛い。

 淀川の真ん中を川上に向かって船は走る。JR東西線の橋梁(きょうりょう)を越え、JR神戸線と阪神高速11号池田線の下を船で通る。いつも乗っている電車を下から見上げるのは不思議で、なんか楽しい。右側には凸版印刷の工場や梅田のビル群が見える。梅田スカイビルを見ながらのハゼ漁って、なんかすっごいシュールな光景やわ。

 川岸のヨシ原沿い、200~300メートルに渡ってほぼ10メートル間隔に竹が突き刺してある。この竹に沿って、ロープに巻き付けた竹筒を水底に仕掛け、中に入ったウナギやハゼを獲る。この漁場、私の家からすぐなんですけど(笑)。「自転車で来てなかったら、ここから岸に上げたげんのに」と松浦さん。いいなぁ。淀川の両岸を自由に船で行き来できたりしたら、どんなに楽しいやろう。そんなことが普通にできた時代に戻ってみたい。

 ハゼのタンポ漁は10月から1月頃まで。この時期のハゼは、大きいものだと15センチから20センチくらいになるんやって。

 「こうやって置いとくと竹筒に入りよんねん。ウナギは5月から10月までで、仏事で使う樒(しきみ・しきび)を束ねて浸けといてもようさん入りよる。昔は、ウナギもそらびっくりするくらい、ようけ獲れたんや。シジミは1日、一人で500~600キロ獲れて、船が重うて沈みそうになったわ。40年くらい前の水が汚い、ドブ川やと言われてたときのほうが魚、おったね。今は、水がキレイになりすぎてあんまり獲れんようになったわ」(松浦さん)

 環境問題は難しい。もちろん、PCBや重金属など体に悪影響を与えるような化学物質を垂れ流しするのはアカンけど、昔の、人の排泄物や米のとぎ汁、野菜くずなど自然に還る有機物をある程度川に流していたときのほうが、魚や貝にとってはいい環境やったってこと。自然の摂理は偉大だ。何でもそうやけど、「ええ塩梅」というのがものすごく大事なんよね。

淀川のハゼの味は?

 後日、松浦さんから「ハゼ、いっぱい獲れたから取りにおいで」と電話をいただいたので、自転車に飛び乗り、松浦アリーナに向かった。大量のハゼを発砲スチロールの箱に入れてもらうと、ハゼちゃんはピンピン跳ねている。上向いて、パクパク口を開けてんのもいる。ハゼちゃんはよく見ると、どこかすっとぼけていてすごくカワイイ。なんで、そんな愛嬌ある顔してんの? こんなカワイイ子たち、もうようさばかんわ(泣)。

 それでも、いただいたハゼは大切に食べんとあかんよね。

 「氷いっぱい入れてしばらく置いといたら動けへんようになるから、それから料理し。天ぷらにしたら美味しいよ」との松浦さんのアドバイス通り、発砲スチロールの箱に氷を山盛りぶちこみ、部屋の隅に4~5時間置いておいた。

 泣きそうになりながら背開きにしたハゼは天ぷらに、頭を落としたんはあっさりと煮付けにしてみた。ハゼの天ぷらはキスよりふわっとしていて、ほんのり優しい甘さの絶品の味。煮付けもハゼから出る出汁の味がまったり濃くて、市漁協がハゼ出汁パックを作らはったんにも納得。風体からは想像しがたいけれども、あんなに上品なお味の白身のお魚が、キタの繁華街からほど近い、家からすぐの漁場で獲れるやなんて、これぞ「灯台下暗し」。

 大阪は緑が少ない、自然が少ないと言われてきたけど、そんなことないやん。梅田からすぐの淀川河口にはハゼをはじめ、アユやカレイの稚魚、エビやカニ、それらをエサにする水鳥など、数多くの生き物が暮らしている。命を育む豊かな川・淀川は、今日も悠々と流れている。

 ごめんね、淀川。こんな近くに住んでいながら、淀川の偉大さをこれまでほんまに知らんかった。

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大阪市漁業協同組合
〒554-0052 大阪市此花区常吉2丁目10番12号
電話:06-6462-5912
FAX:06-6464-3478
https://www.osakashigyokyo.or.jp/

関 真弓

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