「日本で魚が獲れない」のを海水温のせいにする人の盲点 世界の水産物の漁獲量・生産量ランキングで日本はトップ10にも入らず

 サケ・サンマ・サバ・スルメイカをはじめ、マイワシなどの一部の魚種を除き、ほぼ全魚種の水揚量が減り続ける日本。その原因としてよく挙がるのが海水温の上昇です。農作物で言えば米の収穫量が天候に左右されるように、海水温の変化は水産物の資源量に影響を与えます。

 言うまでもなく米の場合は、稲穂が実る前に稲刈りをする人はいません。しかしながら、漁業の場合はさまざまな魚種で、成熟する前の未成魚までを漁獲しています。これを「成長乱獲」といいますが、このため魚の資源量が減り、漁獲量も減るという現象が必然的に起きてしまいます。

■日本は水産物の漁獲量・生産量でフィリピンの下

 いくら大漁祈願しても効果はありません。厳格な資源管理により、成長乱獲をやめているノルウェーをはじめとする北欧・北米・オセアニアなどの国々と、日本とでは資源量で大きな差が出ています。

 海水温の上昇で魚が減るのであれば、冷たい海を主漁場とする北欧や北米などの漁獲量が増える一方で、東南アジアのような暖かい海の魚の漁獲量が減りそうなものです。データで客観的に見てみましょう。

 上の表は、世界の水産物の生産量をまとめたものです。1970年代から1980年代の前半にかけて、長期にわたり世界最大の生産量を誇った日本。ところが2021年には、ついにトップ10からもずり落ちてしまいました。

 トップ10の国を見てみますとロシア・アメリカ・ノルウェーといった国々は冷たい海を主漁場としています。しかし残りのインドネシア・インド・ベトナム・ペルー・バングラデシュ・フィリピンといった国々はいうまでもなく、海水温が低い海域を主漁場にしていません。

 つまり「海水温の影響」で魚が獲れなくなっているのであれば、なぜ東南アジアの国々の漁獲量は減っていないのでしょうか?  さらに養殖を外して天然物だけに絞って漁獲量の推移を見てみましょう。

■漁獲量が右肩下がりの日本

 上のグラフは、漁獲量のトップ10の国々のうち、冷たい海を主漁場とするロシア・アメリカ・ノルウェーを除いた国々の漁獲量推移を示しています。

 青の折れ線グラフが日本の漁獲量推移です。わが国だけが、右肩下がりに減り続けていることがわかります。一方でインドネシア、ペルー、インド、ベトナムといった国々は減少どころか増加傾向にあり、日本の漁獲量をどんどん追い越しています。なおオレンジ色のペルーの漁獲量の凸凹が激しいのは、主力魚種であるアンチョビの漁獲量の変動が大きいのが主な理由です。

 こうして客観的なデータから眺めてみると、海水温の上昇だけが魚が減っている原因ではないことに気付くはずです。また魚の資源が海水温の上昇により、いくらか北上している傾向はあります。しかしながら、東南アジアの国々の水産物資源が、日本の沖合に回遊して漁獲量が増えているということもありません。上の表をご覧いただくと、1980年代にいかに日本の漁獲量が多かったのか、そして他国と比べて極端に漁獲量が減少していることがわかるはずです。

 なお上のグラフは全球平均の海水温の変化を示しています。海水温の上昇幅は過去100年で1℃弱です。また右肩上がりに上がり続けているわけではなく、長い年月をかけて凸凹を繰り返しながら少しずつ上昇しているにすぎないことを付け加えておきます。

■印象に残ったオマーンの漁業会社との話

 筆者は漁業・水産関係の国際フォーラムで講演する機会がある数少ない日本人です。このため世界の漁業関係者とやりとりする機会があります。昨年の国際フォーラム(Pelagic Fish Forum)で、印象に残る話がありました。オマーンの漁業会社の方が声をかけてきたのですが、オマーンも日本と同じで漁期は決まっているが、数量での管理がされていないと。このままだと日本と同じことになってしまうと危惧していました。

 そこで同国のデータを見たところ2010年代の半ばから4倍強に生産量が増えていました。これは資源量が増えて漁獲量が増えたのではありません。漁船数増加や漁具の発達によるもので、まさに「乱獲」が始まっていることが見て取れます。科学的根拠に基づく数量管理が実施されなければ、生産量が急激に減少し始めて大きな打撃になります。

 生産量が減り出すと、それまで投資された漁船・漁具・加工場などが余剰となり、それらを稼働させるためにさらに「乱獲」が進む。まさに日本全国で起きている負の連鎖と同じことが起きてしまうのです。

 漁獲量が増えているといっても、資源量が増えたのではなく、単に漁船が増えたり、漁業機器が発達したりといったことが理由となることがよくあります。これは極めて危険な状態で、漁獲量が長期にわたり増加し続けることは決してありません。

 そして漁獲量のピークを過ぎた後に漁獲量が減り始め、日本のように漁獲量が減ってしまい、地方経済や消費者に悪影響を与えてしまうのです。一方で、漁獲量の減少に対して、環境などに責任転嫁しなかった国々もあります。乱獲を認めて資源管理を進めたノルウェーやニュージーランドなどでは、水産業が見事にV字回復して現在に至っています。

 乱獲を認めるかどうか?  科学的根拠に基づく資源管理ができるか?  でその後の水産業をめぐる国の運命が決まってしまうのです。

■「点」ではなく「全体像」がわかる報道を

 報道された内容自体は正しくても、全体像を解説しないと大きな誤解が生まれてしまいます。例えば2023年の10月末から11月にかけて「サンマが網走港で入れ食い状態」というニュースが流れました。全道から多くの釣り人が集まり、100匹以上釣る人も出たそうです。

 このニュースを見て、サンマがたくさん獲れるようになったなどと誤解された方もいるようです。たくさん釣れたのは事実であっても、これはあくまでも「点」の話にすぎません。全体の漁獲量には影響はないのです。

 全体ではほんの10年ほど前までは20~30万トン漁獲されていたサンマの漁獲量が、2022年にはわずか1万8000トンほどに激減してしまいました。全国さんま棒受網漁業協同組合が発表した2023年のサンマ水揚げ量は2万4433トンでしたが、前年より少し増えただけにすぎないのです。

 入れ食いだったという釣りに関しては100人が1人1尾100グラムのサンマを100尾釣ってわずか1トンです。1カ月毎日続いても30トンです。それほど大きな数量ではありません。

 サンマだけでなく、同じく近年大不漁が続いているスルメイカやサケなどでも、少し獲れただけでも「石川沖でイカ大漁」「大漁! オホーツクの秋鮭」と報道されると、全国、もしくは過去と比べて漁獲量が激減したままなのに、まるで資源が回復したように錯覚させられてしまいます。

 それぞれの魚種の資源状態に関し、本当の全体像がわかる報道が不可欠です。

■環境に責任転嫁している状況ではない

 世界全体の水産物需要は増加を続けています。この写真は、タイの市場でのものです。地元の鮮魚とともに、解凍された大西洋サバ(ノルウェーサバ)が売られています。

 ノルウェーサバの事業は、もともと日本の会社がノルウェーなどから買い付けた冷凍サバを、中国やタイなどに輸出して加工し日本に再輸出するビジネスモデルでした。

 それが今では、アジア諸国の消費が増えだし、日本の市場と買い付けで競合するようになってきています。そしてこの傾向は確実に強まります。

 また次の写真の右と左の端に見えるのは、輸入されたアトランティックサーモンです。東南アジアなどでは、日本同様に必ずしも科学的根拠に基づく資源管理が進んでいるとはいえません。それらの国々では、漁船数の増加や漁業機器の発達で漁獲量が増えていても、必ず漁獲量がピークを迎えた後に、減少を始めます。

 そして、各国は自国で魚が獲れなくなった分を輸入で補おうとします。さらに人口増加や経済の発展で買い付け力が強化されてますます日本にとって輸入は難しくなります。

 我が国が行うべきことは、魚が減っていく理由を海水温上昇のせいばかりにせず、すでに水産業を成長産業化させている国々を見習うことです。そして数量管理を主体とした科学的根拠に基づく水産資源管理を促進することではないでしょうか。

片野 歩 :Fisk Japan

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