河原の草は色あせ、水もキリキリ冷たい。兵庫県の南西部、千種川に注ぐ小さな支流。静けさが広がる中、そっと引き上げた網に鈴なりの魚が朝の太陽で輝く。「はえじゃこ」と呼ばれるオイカワだ。体長10センチほどの小魚で漁の旬は冬。最も脂が乗る時期に行われる「寒じゃこ漁」は、西播磨の冬の光景だ。
唐揚げや素焼きのほか、「豆じゃこ」とも「じゃこ豆」とも呼ばれる大豆との炊き合わせが定番。上郡町で生まれ育ち、今季も昨年11月から漁をしてきた河野栄さん(78)は「特別うまいわけではないかもしれんけど、川育ちの身に染み付いた味」と網を手繰る。
じゃこ漁を行う人は今や、組合員約900人の千種川漁協でも数えるほどとか。若い頃に兄の漁を手伝い、自身も30年ほど魚を取る河野さんだが、「昔と比べて川がのっぺりして魚も減った」。河川改修で淵や瀬が消え、変化が乏しくなった川には生物が隠れたり、たまったりする場所が少なくなったためか、今は本流よりも昔ながらの川が残る支流の漁が多いという。
川魚を食べる人も減り、自ら取ったじゃこを販売する食料品店主の垣谷良久さん(80)=佐用町=は「注文してくるのは年寄りばかり。昔食べてたんやろね」。豆じゃこを提供していた流域の飲食店も店主の高齢化などで店じまいし、幻の料理となりつつあるようだ。
明治生まれのしゅうとめから、川魚料理を教わったという藤井啓子さん(80)=上郡町=に豆じゃこを炊いてもらった。藤井さんの家ではじゃこと豆だけだが、シイタケやゴボウなどと合わせる五目豆風だったり、甘めだったり辛めだったり家庭ごとの味があったという。
口にすると、じゃこは骨も軟らかい。しょうゆと砂糖の味付けは素朴ながら、素焼きのほのかな香ばしさが移った新豆は、山里ならではの冬の出会いを感じさせてくれた。
■マンパワーの減少に危機感
兵庫県内では、13水系の河川に漁業権が設定されている。上流域ではヤマメやアマゴ、中流域ではアユやオイカワ、下流域ではコイやフナが捕獲されているほか、ため池などでマス類の養殖が行われている。
近年は河川環境の変化や外来魚、カワウの増加などが原因なのか、漁獲量の減少が続く。県の統計によると、1990年代後半に800~千トン弱で推移していた漁獲量は、2020年には100トン余りと約1割まで減った。
背景の一つとして考えられるのは、取り手の減少だ。13漁協の組合員数は、94年の1万3千人から18年には約4700人と4割以下に。千種川漁協でも高齢化が進み、組合員数は25年ほどで半数になった。同漁協によると、メイン層となるアユの友釣り愛好者は、道具の高価さが障壁となっているのか若者の参入が鈍く、環境面では09年の豪雨災害以降の河川改修で魚が減ったとも言う。
各漁協では漁を行う一方で、アユ放流のほか、魚介類の産卵場整備など河川の環境維持にも取り組んでいる。県水産漁港課は「実際の活動は漁協など地元の力が不可欠だ」として、マンパワーの減少に危機感を抱く。