「俺がやらなきゃ殺される」 “ワニガメ研究所”強面所長、動物保護に捧げた人生

研究所所長という肩書きながら、あまりに強面すぎる見た目が話題に
「人間の指なら3、4本くらい軽く飛ばしますんでね」――。「ワニガメ生態研究所」所長という肩書きながら、そのあまりにも強面すぎる見た目からネット上で度々話題となる人物がいる。岡山でワニガメやカミツキガメ、ワニといったどう猛なは虫類を中心に保護活動を行う荻野要さんは、どんな動物であろうとも高額の治療費がかかろうとも、一切の依頼を断らない保護動物たちの最終引き取り人だ。私財を投げうってまで保護活動を続ける理由は何なのか。サングラスの下に隠された素顔に迫った。(取材・文=佐藤佑輔)

 荻野さんがワニガメの魅力に取りつかれたのは小学生の時。動物図鑑で見た怪獣のような見た目に一瞬で心を奪われた。しかし、初めて実物を目にしたのは意外にも28歳の時。恋焦がれた対象は遠く手の届かない存在だった。

「岡山の田舎だったので、当時は動物園でもなかなかお目にかかれなかった。子ども心に個人で飼うような動物ではないと分かっていたので、画用紙に実物大の絵を描いたのを見るだけで満足でした。姫路の動物園で初めて本物と対面したのは大人になってから。まもなくは虫類ブームが到来して、迷った末に『小さいのだったら……』と飼い始めたんです」

 購入当初3センチほどだったワニガメは、1か月で3~4倍になり、半年を迎えるころには約30センチ、大人の顔ほどのサイズにまで急成長した。1990年代当時は輸入に一切規制がなく、クレーンゲームの景品や金魚すくいなど、街中のいたる所でベビーサイズのワニガメが売られていた。ペットショップの販売価格も2000円ほど、カミツキガメにいたっては800円ほどで、小学生のお小遣いでも手が届くほどの値段。幼少期からワニガメの生態について詳しかった荻野さんは、実際に実物を飼育してみて「これは大変なことになるぞ」と直感したという。

「とにかく成長スピードが尋常じゃない。都会の家庭ではすぐに飼えなくなって、池や川に捨てられて、そのうち帰化しちゃうことは目に見えていた。原産地ではすでに絶滅が危惧されている動物なのに、人に危害が及べば貴重なワニガメがどんどん駆除されることになる。事の大きさを説明しても誰も取り合ってくれないから、は虫類専門誌に頼み込んで連載を持たせてもらって、『捨てるくらいなら全部オレが引き取るから』と活動を始めたんです」

法改正前の活動実績が評価され、日本初の「外来・危険生物」保護施設に認定

 96年にワニガメ生態研究所を設立、岡山県警をはじめ近隣の警察にも保護活動への協力を仰いだ。2000年の動物愛護法改正でカミツキガメ科が飼育に許可の必要な特定動物に指定されると、危惧していた通り、手続きのわずらわしさから飼育されていたワニガメやカミツキガメが大量に遺棄されるように。大きな社会問題となるなか、荻野さんの連載がマスコミの目に留まり、全国各地から保護の依頼が殺到するようになった。さらに05年、カミツキガメが特定外来生物として駆除の対象になると、「殺すくらいなら俺が面倒を見る」と役所に掛け合い、ワニガメ生態研究所は日本初の特定外来生物・特定動物の飼育保護許可施設に認定された。

「国としては危険生物や外来生物の飼育に特例は設けたくなかっただろうけど、法改正より前から保護活動をしていたことが大きかった。その代わり、好きでやってることだからと補助金は一切なし。そのうち岡山なら何でも保護してくれるらしいぞということになって、ワニでも大型犬でも、とんでもねえのがどんどん送られてくるようになっちゃって」

 岡山にある5000平米もの飼育施設では、現在ワニガメを始め、カミツキガメやワニ、犬や猫まで600頭あまりの動物を飼育。施設の規模は現在国内で正規登録されているワニガメ約2500匹、カミツキガメ約1000匹をすべて引き取っても飼育できるだけのキャパシティーがあるという。特定動物指定から20年あまりがたち、もう保護の依頼も少ないかというと、そんなことはないという。

「日本で登録されてるワニガメを全部引き取れる、これでようやく殺処分をゼロにできると思うでしょ。ところが正規の輸入数は2万匹で、全然計算が合わない。要するに、法改正から20年以上たった今でもほとんどが無許可で飼育しているってこと。密輸も入れたら、おそらく10万匹近くが国内に入ってるだろうね。長年大事に育ててきたけど、結婚相手が嫌がるからもう飼えないとかそんな相談も多い。ついこの間も函館からデカいのが飛行機で送られてきて……。俺よりいい身分だよ、まったく」

 ばく大な施設の運営資金をまかなうため、15年に新たに建設会社「鰐亀組」を設立。本業の利益のほとんどを保護活動に充てている。なぜそこまでして保護を続けるのだろうか。率直な疑問には「他にやるやつがいねえからだよ」と口にする。

「景気のいい地方の土建屋っていうと、ロレックスつけて女はべらして、ランボルギーニを乗り回してってイメージあるでしょ。その金を全部保護活動に回してるようなもん。年にランボルギーニ1台分くらいかな。逆に言えば、大企業がぽんと金出せばたちまち解決するのに、誰もやりたがらないのが動物保護。他に誰かがやってたら、俺だってこんなことやらずにランボルギーニを乗り回してるよ。でも、誰もやらなかったらみんな殺されちゃうからさ」

 荻野さんのところに送られてくるのは、は虫類以外にも、人を襲った犬や1回100万円の手術を受けなければ生きられない猫など、他に引き取り手がなかった動物たち。年に1度は興奮した動物に襲われ、救急搬送されるような日常だ。「それでも俺がやられてるだけマシ。もし事故を起こしたり、スタッフがやられたら、1億5000万円だったかな。とんでもない額の補償金を払わなくちゃいけない」。理念に共感して活動を手伝いたいと申し出てくれる人もいるが、実際に凄惨な現実を目の当たりにすると、多くは「考えが甘かった」と引き返していくという。

「動物保護事業者が増えるということは、不幸な動物が増えるということ。誇りなんてない。恥だからね、うちみたいな仕事が増えることは」と語る荻野さんは、誰よりも不幸な動物がいない世界が訪れることを祈っている。

佐藤佑輔

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