外国からやってきた巨大なインコが、東京の空を占拠しかけている。だが、これに待ったをかけているのが、都市鳥の頂点に立つカラスだ。都心を舞台にした鳥類の最終戦争の火蓋が切られた。
東京西部は陥落
「16時を過ぎた頃から、大型のインコが20羽ほどの群れをなして次々と公園にやってきます。彼らはテニスコート脇にあるイチョウの木に集まると、ピーピーピーとものすごい勢いで鳴きだすのです。2000羽近くが集まっていることもあり、耳をつんざくような甲高い鳴き声が実に不快です」(川崎市・等々力緑地の近隣住民)
東京近郊で、野生化したインコが大繁殖している。このままでは、東京全域を埋め尽くしてしまいそうな勢いだ。
こうした状況に関し、外来種を中心に鳥類の研究を行う、帰化鳥類研究会代表の日野圭一氏は危機感を覚えている。
「これまで他の外来生物が定着するまでの過程を見ていても、現在確認されている約2000羽というインコの数は、これからさらに勢力を伸ばしていくかどうかの境目となっています。
ここでもし数が減らないようであれば、これまでを上回るペースで繁殖していき、東京に定着してしまう」
そのせいで圧迫されているのが、これまで都市鳥の頂点に君臨していたカラスである。今はインコの陰に隠れ、息をひそめている状態だ。
だが、狡猾かつ獰猛なカラスがこのまま黙って引き下がるわけはない。
まもなく東京の上空で、血で血を洗う淘汰の争いが巻き起こることは確実だ。
都市鳥界の頂点を決める最終戦争が起これば、スズメなどの小さな鳥はそれに巻き込まれ、ほとんど絶滅状態に追い込まれてしまうだろう。
いま東京で大繁殖しているインコは、セキセイインコのような可愛らしいものではない。ワカケホンセイインコといい、平均で体長40cmにもなる大型の外来種だ。派手なライムグリーンの羽根に、眼光鋭い瞳、赤く太い嘴を持っており、見た目はインコよりもオウムのよう。スズメやムクドリよりはるかに大型で、成人でも近寄るのを躊躇する大きさである。
城南地区と呼ばれる世田谷区、大田区、目黒区を中心に、ここ数年でワカケホンセイインコ(以下インコ)の群れの目撃情報は数多く報告されている。他にも練馬区、文京区など各地へ縄張りを広げている。
現在は、インコとカラスの淘汰の争いの予兆ともいえる現象が起きている。ねぐらの争奪戦が始まっているのだ。
京都大学野生動物研究センターの辛島司郎特任教授が語る。
「日本で繁殖したインコは、大きな木がありながら、近くに人間がいたり街灯があったりする、安全が確保された場所を好みます。そのため、都会の中にある緑豊かな空間に集まってくるのです」
これはカラスが好む環境ともちょうど重なってしまっている。カラスの生態に詳しい、東京大学総合研究博物館特任准教授の松原始氏が語る。
「カラスのねぐらにとっても、高い木と緑があることは絶対条件です。それにカラスは日中、繁華街へ餌となるゴミをあさりに行きます。そのため明治神宮や新宿御苑、上野公園といった、繁華街と隣接した緑地に大規模なねぐらを作る傾向があります」
すでに、インコの姿は上野公園や世田谷区の芦花公園で目撃されている。このままインコが勢力を拡大し続け、都内の緑地に次々と侵攻していけば、早晩、カラスがもともとのねぐらを取り返すべく、逆襲に転じる可能性は高い。
木々の剪定や、宅地開発といった理由で彼らが住むことのできる緑が減っていることも、衝突を誘発する。
狭くなっていく都心の緑地を両者が奪い合うようになれば、最終目的地は自ずと決まってくる。都心ながらほぼ手付かずの自然が残り、多くの固有種が生息している皇居だ。特に、皇居にはインコの主食の一つである稲も、今上天皇の手によって植えられている。
我が物顔で水田を飛び回るインコの尾羽を目がけ、背後からカラスが迫っていく-。大きな鳥同士が奇声を発しながら激しく争う見慣れぬ光景を、敷地内を散策する今上天皇が目にされれば、ひどく驚かれるだろう。
生ゴミの奪い合いに
全面戦争が起こる重要な要因として、もう一つ考えられるのは、餌を巡っての競合だ。
インコの主食は果物や木々の芽などだ。しかし、インドなどの原産国では肉や魚の脂身を食べることも確認されている。そのため、カラスとの間で餌の奪い合いが起きることも想定される。国立環境研究所生態リスク評価・対策研究室長の五箇公一氏が語る。
「都会のカラスは人間が出すゴミを主食としていますが、インコもゴミの中に自分の餌になる食品が含まれていると認識すれば、カラスのようにゴミをあさり出す可能性もあります。
そうなれば、自分たちの餌を奪われていると感じたカラスが怒って、小競り合いになっても不思議ではありません」
反対に、雑食のカラスがインコの主食である果実類に手を出し、それが引き金となるパターンもある。民家の庭などで柿や柑橘類をつつくカラスの姿を見たことがある人も多いだろう。
東京都は害鳥であるカラスの数が増えないよう、ゴミの収集に関してルールを厳格化するなどの対策をとってきた。こうしてカラスは餌にありつける機会が減少しているため、餌になる物に関しては、非常に貪欲になっているのだ。
もともとはペットであったこのインコが、なぜ野生化しここまで増えてしまったのか、そしてこれ以上増え続けたらどんな被害が起こるのか…? その詳細は後編の「カラスにせまる勢い…東京で増え続ける「ワカケホンセイインコ」のヤバすぎる戦闘力」でお伝えする。 『週刊現代』2021年12月11・18日号より