【AFP=時事】泥に残ったひづめの跡、かじられた樹皮。東欧ルーマニア・カルパチア(Carpathian)山脈の新しい「住民」は人目を避けているが、あちこちに痕跡を残している。
数世紀前にこの地域から消えたバイソンを再び繁殖させるプロジェクトが始まって7年。今、その成果が表れている。
巨大で毛深いバイソンは、狩猟や生息地の破壊により、欧州のほぼ全域から消えていた。しかし、ルーマニアにおけるバイソンの再導入で、欧州の生態系の要が復活した。
柔らかい秋の日差しの下、樹齢数百年の木々が茂る森の片隅で、若い森林監視員のマテイ・ミクレスク(Matei Miculescu)氏がバイソンの群れを見張っている。角の形や毛の色で個体を見分けるという。
群れはなかなか見つからないときもある。豊かな植生に誘われ、縄張りを拡大しようとして森の奥まで入り込んでいるからだ。
ミクレスク氏によると、バイソンは人間の飼育下では「近親交配のリスクが生じ」生存率が低下するが、森林では健やかに暮らしている。
欧州最大の陸上哺乳動物は現在、大陸全体で6000頭前後生息しているが、そのほとんどがポーランドとベラルーシの国境地帯に集中している。1950年代にバイソンの個体数を回復させる取り組みが始まった地域だ。
ルーマニアに再導入されたのは2014年。場所は南西部のアルメニス(Armenis)地方だった。この一帯で最後にバイソンが目撃されてから200年以上たっていた。
欧州の別の場所で人工的に繁殖させたバイソンたちは、16行程に分けてルーマニアへ移送された。
■再野生化は生態系にプラス
その後、野生での繁殖が成功し、今では105頭のバイソンがカルパチアのチャルク(Tarcu)山脈に「しっかりすみ着き、自由に暮らしています」と語るのは、再導入プロジェクトを率いるマリナ・ドゥルガ(Marina Druga)氏だ。同プロジェクトは世界自然保護基金(WWF)と、欧州大陸の再野生化に取り組むNPO「リワイルディング・ヨーロッパ(Rewilding Europe)」が共同で主導している。
ドゥルガ氏によると過去2年間、プロジェクトのバイソンが死んだ例はない。目標は個体数を「5年間で250頭にする」ことだと言う。
現在は5万9000ヘクタールの保護区のうち約8000ヘクタールで、バイソンを見掛けることができる。2014年以降にこの地域で生まれたバイソンは38頭に上る。「この子どもたちがいなければ、プロジェクトの将来はあり得なかった」とミクレスク氏は語る。
最初に導入されたバイソンは、キーウィやビルボ、ミルドレッドといった名前が付けられていたが、プロジェクト下では名前を付けないという。野生で生まれたバイソンと人間とのつながりを断ち切るためだ。
プロジェクトに賛同する人々は、「再野生化」の取り組みによってバイソンだけではなく、微生物から大型の肉食動物まで約600種に及ぶ広範な生態系にも恩恵がもたらされると主張する。
「バイソンは樹木の外来種の拡散を防ぐ一方で、数百種の植物の種子を拡散させ、小型動物が餌に近づくための通り道をこしらえます。そうして森林の景観や構造を変化させます」とドゥルガ氏は説明した。
群れの中で弱いバイソンや病気のバイソンがオオカミやクマの餌食になることもあるが、その代わり、そうした捕食動物が食べ物を求めて人里に出没することも減る。人間と野生動物との危険な遭遇は、近年ルーマニアで問題となっている。【翻訳編集】 AFPBB News