密輸コウモリも取引「ペット輸入大国」日本の闇

 世界中から密輸される寸前に日本の税関で押収された野生生物は、2007〜2018年の間に1161匹にも及び、人獣共通感染症の宿主として注目されるコウモリも10匹が含まれていたことがわかった。


 世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン)の野生生物取引監視部門「TRAFFIC」が税関など水際での輸入差し止め記録を分析した報告書「CROSSING THE RED LINE: 日本のエキゾチックペット取引」を6月11日に発表した。ペット輸入大国ニッポンに向けられる世界の目は厳しい。アニメで人気が出たアライグマを北米から輸入したり、カワウソを東南アジアから連れてきてペットとしたり、といったブームに、日本の研究者も警鐘を鳴らしている。
■感染症法で原則輸入禁止のサル目やコウモリも押収
 「TRAFFIC」は、絶滅の恐れのある野生生物の国際取引を規制する「ワシントン条約」に基づき、日本の税関当局が輸入を差し止めた記録を中心に、取引動向を把握した。その結果、調査期間(2007〜2018年)中、計78件、1161匹のワシントン条約対象種が押収されていたことがわかった。直前の輸出国として特定できたのは13の国と地域で、主にタイ、中国本土、香港、インドネシアからの輸出が多かった。
 1161匹の内訳をみてみよう。
カメやトカゲなどの爬虫類・・71%
小型サルなどの哺乳類・・19%
鳥類・・6%
 哺乳類は22件、計219匹で、約85%にあたる185匹はスローロリスなど霊長目。また、10匹はコウモリ目だった(下表参照)。日本は、空港や港湾など水際で、感染症法や狂犬病予防法に基づき、検疫や届け出の規制を行っている。なかでも、霊長目の輸入は原則禁止(研究や展示目的の場合、証明書の提出など厳しい条件をつけて許可)、コウモリ目の輸入は禁止されている。
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 世界保健機関(WHO)は今年2月の記者会見で、新型コロナウイルスについて「野生のコウモリから別の動物を経て人に感染した可能性が高い」という見解を明らかにしていた。2003年にアジアを中心に感染が広がったSARS(重症急性呼吸器症候群)の場合、その後の研究で、コウモリを自然宿主とするコロナウイルスにより引き起こされたことがわかっている。アフリカを中心に現在まで断続的に集団感染が起きているエボラ出血熱は、ウマヅラコウモリなど3種のコウモリが自然宿主である可能性を示す研究論文が発表されている。
 水際で阻止されたコウモリの密輸入。だれがどんな目的で企てたのかについて、TRAFFICは、「ペットとしての販売が目的であったことは間違いない。今回摘発されたケースでは、(ペットとして人気の)ワタボウシタマリンなどと一緒に持ち込まれようとしていた」(北出智美・ジャパンオフィス代表)と話した。熱帯地方を生息地とするオオコウモリが日本国内でペットとして売られていることも確認済みという。
 報告書によると、2007年以降の密輸事件で少なくとも18人が起訴され、14人が有罪判決を受けた。しかし、実刑判決を受けたのは3人だけで、最大で懲役1年10カ月、罰金80万円だった。TRAFFICは水際で摘発できたのは「氷山の一角」とみている。
 報告書を踏まえ、WWFジャパンは、日本政府に対し、「ワシントン条約を順守するための国内法について、罰則などを見直して抑止力を高めると同時に、水際をすり抜けて国内に入った後の国内取引の規制を強めるための方策を検討してほしい」と提言している。
■「ペット輸入大国」として名をはせる日本
 日本は、「ペット輸入大国」として名をはせている。ユーチューブには、日本原産ではないさまざまな動物と暮らす動画がたくさんアップされている。「〜する様子がかわいい」というタイトルが付けられ、飼い主になついている様子は確かに、ほほえましい。
 しかし、新型ウイルス感染拡大の原因を考え直す中で、生態学者や外来生物の研究者はその危険性を指摘している。国立環境研究所生態リスク評価・対策研究室室長、五箇公一博士は、国立環境研究所が公開したYouTubeで配信中の動画「新型コロナウイルス発生の裏にある“自然からの警告”」の中で、外来生物の問題について語っている。
 外来生物は、英語で「エイリアンスペシーズ」と呼ばれ、人間により生息地から移動させられた生物を指す。1970年代、日本ではアライグマを主人公にしたアニメが大人気になり、その影響でペットとして飼う人が増えた。自然環境研究センター編著の『日本の外来生物』によると、飼っていたアライグマが逃げ出したり捨てられたりした結果、現在はすべての都道府県で見られるという。2018年には東京の赤坂や秋葉原で目撃されたとの報道もあった。
 五箇博士が指摘するのは、アライグマが運ぶマダニが媒介するSFTSという新興感染症ウイルスの危険性だ。このウイルスはマダニの体内に生息し、人間に重症熱性血小板減少症候群という病気をもたらす。厚生労働省によると、2011年に中国で新しい感染症として報告され、2013年には国内で初めて感染が確認され、以降、毎年60〜90人の患者が報告されている。
 本来、野生生物とともにいるマダニが、野生生物が街中に出没することにより、野生生物から離れ、人間の生活圏に入る。そうしてマダニの体内にいたウイルスが人間にとりつく機会も増えていく。かつてペットとして人気を博したアライグマは、現在、新たな危険をつくり出している、ともいえる。
■生息地から遠い日本でペットとして飼う問題
 アライグマの問題は、私たちは野生生物が未知の病原体を保有している危険性を認識しなければいけない、ということを示している。では、そうした感染症をもたらす危険がなければ、遠い原産地から連れてこられたペットを飼うのはOKなのだろうか。
 今年3月、私が尊敬していた1人の生態学者が病死した。日本のカワウソ研究の第一人者で元東京農業大学教授、ヤマザキ動物看護大学名誉教授の安藤元一さん。69歳だった。
 日本のペットブームについて考えるとき、私は安藤さんの悲しそうな顔が忘れられない。2018年秋、安藤さんは「今、日本ではカワウソを飼うのが大変なブームになっているんです」と話し、「日本はニホンカワウソを絶滅させてしまった。その日本で、今度は東南アジアの生息地から連れてこられたコツメカワウソをペットとして飼うのはいかがなものか」と断じた。
 環境省は2012年8月、ニホンカワウソを絶滅種とした。安藤さんは1970年代、カワウソ調査法の確立といった基礎研究を行い、生息状況調査を行った。過去の新聞記事や文献を分析し、日本人がこれまでカワウソとどのような関わりをもってきたかを調べた。著書の『ニホンカワウソ』(2008年初版、東京大学出版会)は、1950年代までは日本人にとってごく身近な生き物だったカワウソを紹介している。例えば、各地にいまでも残る「獺越」(おそごえ)という地名は、カワウソが山を越えるという意味だという。カワウソは10キロメートル以上も山中を歩いて別の水系に移動することで知られた。
 また、1980〜1990年代には、安藤さんは韓国でニホンカワウソの“親戚筋”ともいわれるユーラシアカワウソの保護に貢献した。韓国南部の慶南大学校(昌原市)で教鞭をとった際に、海岸でカワウソの糞を発見したのがきっかけという。韓国の研究者とともに生息状況調査を始め、それが韓国国内での保護の機運となった。ユーラシアカワウソの保護は成功し、現在は運が良ければ姿を見られる親水公園もある。
 世界には現在、13種のカワウソが生息する。TRAFFICは今回の調査に先立って、2018年の10月、カワウソの日本への密輸について調査を行い、報告書を出した。それによると、2000〜2017年に計52頭が日本の税関で押収された。すべてタイから輸出され、タイでは1頭3400円で買い取られ、日本国内では100万円以上で売買されていた。
 こうした取引が横行すると、東南アジアの生息地での乱獲が起きる。都内の水族館で行われていたコツメカワウソのショーをのぞくと、「生息地での乱獲が心配」「日本ではニホンカワウソは絶滅」「野生生物特有の臭いが服や室内についてしまうし、ペットには向きません」などの説明も行われていた。都内のペットショップではコツメカワウソが「合法的に飼育繁殖したもの」として、売られていたが、その合法性は不確かだ。
■野生生物は飼うよりも保護保全や観察を
 感染症ウイルスの問題から離れても、「遠く離れた生息地で捕獲した野生生物を日本に連れてきて飼うのは間違いである」という安藤さんの考えは正しいと思う。それよりも、日本国内で、絶滅が心配される野生生物の保護保全につとめ、時にその姿を観察する、そういう生き物とのふれあいがもっとできたらと思う。
 最近、群馬県北部に行き、キジを見かけた。驚いていると、地元の人から聞いた。「キジなんか、いっぱいいますよ」「イヌワシもいます。畳一畳くらいの大きさで飛んできて、キジを食べるんです」。今度はイヌワシ観察にトライしてみたい。きっとドッキリビックリの楽しさは、野生生物をペットとして飼うよりも大きいのではないか。
河野 博子 :ジャーナリスト
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