特定外来生物のキョンが大量繁殖している。シカに似たそのかわいらしい見た目とは裏腹に、我が国では「根絶しなければならない種」とされているのだが、その数は減るどころか、千葉県だけで年間数千頭のペースで増加の一途を辿っているのだ。
9000頭を捕獲しても……
千葉県自然保護課の話。
「県内の推定生息数は、2013年度時点で既に3万1800、それが2022年度には7万1500にまで増えてしまいました。数が増えるにつれて街中に現れる機会も増え、田畑や家庭菜園が荒らされてしまったり、時には自動車と衝突事故を起こしたり。何より、悲鳴のような独特の鳴き方がうるさく、県民の皆様の生活に大きな影響を及ぼしてしまっているのが現状です」
もとをたどれば、中国や台湾が原産の動物で、県内の動物園から脱走したのがことの始まりだと言われる。
「分布の拡大や、生息数の増加が止まらないため、県では『キョン防除実施計画』を立て、長年にわたって対策に当たっているところです。その甲斐あってか、捕獲数は年間で9000頭近くまで伸びてはいるものの、なにせ増加の勢いの方が激しく、結果的に年間数千頭のペースで増えてしまっています」
9000頭を捕獲してもなお追いつかないとは……。その苦労が窺える。
「とにかく繁殖力が強いのが原因です。キョンは生まれてから半年ほどで生殖能力を得てしまうんです。こんなペースで次々に生まれていくから、捕ってもキリがない状態。国にも体制強化を求めながら、各市町村には補助金なども出しているのですが、正直、抜本的な解決策は持ち合わせておりません」
「もっとたくさんいるのでは」
実は、一向にキョンが減少に向かわないのは、こんな背景も指摘されている。狩猟体験ツアーを行う合同会社Hunt+の代表で、自身もキョンの捕獲にあたっているという石川雄揮氏に話を聞くと、
「草食動物によく見られるように、キョンは警戒心が強いので、他の動物よりも罠にかかりにくいところがあります。しかも、ニホンジカなどとは違って群れで行動しないので、一度に複数頭を捕獲することもできません。そして何より、あの叫ぶような鳴き声ですよ。イノシシなどとは違う弱い動物が、まるで命乞いをするかのような悲鳴をあげてくるので、捕獲するには心情的になかなかしんどいところがあります。うちのツアーの参加者には、その様子がかわいそうに見えて泣き出してしまう人もいますし、また『気が進まない』というハンターもいるくらいです」
そしてこう付け加える。
「ツアーや狩猟に出て、キョンに出くわさないことはないほど、本当にたくさんいます。実際の農作物などの被害は公表されているより多いのではないかと思います」
本当なら目を覆いたくなるような事態であるが、年間で200頭以上、多いときは300頭近くも捕獲しているというさる“キョン捕り名人”からは、こんな話も。
「正直、キョンを捕ること自体は難しいことではない。的確な場所に罠さえ張れれば、一日に何頭も捕獲できます。だから、集中的にたくさん捕っていると、その場所でのキョンの数は減った感覚があるのですが、やはり全体の数からいうと焼け石に水で、実際は7万頭以上いるのではないかと感じます」
いくら捕ってもキリがないというわけか。
「自分よりもっと多く捕っている人もいます。だけど、ハンターの皆が皆、たくさん捕れるわけでもないし、それぞれ仕事や生活もありますから、猟にかけられる時間が限られている人もいる。そんな中で、全体の捕獲数を上げるのは、現状ではなかなか難しいなと感じます」(同)
「駆除して捨てればいいのか」
“キョンvs千葉県”の厳しい実態――。そんな激戦の裏では、キョンの肉を食べて消費しようという動きもある。千葉県いすみ市で、ジビエの加工施設「ちばジビエの森」を営む永島理氏によると、
「キョンの肉は、悪い意味でのクセはなく、肉質も柔らかいのでおいしいですよ。台湾では高級食材として扱われているくらいです。脂身が少ない赤身肉なので、筋トレをしている人にはぴったりではないでしょうか。バーベキューで、骨が付いたまま豪快に焼いて食べるのがオススメです」
ジビエに抵抗のある方に向けては、
「ジビエに臭みがあるというのは、もう昔の話です。きちんと処理さえされていれば、おいしく食べられる時代です」(同)
とはいえ、特定外来生物であるがゆえに、キョンの肉に価値を与えるわけにもいかない事情もあるといわれるが、
「やはり、生き物の命を奪う以上、それを食すというのは最低限の行いであるように思います。それもまた人間側の勝手な考え方なのかもしれませんが、いくら撲滅対象であっても、キョンの命もかけがえのないことに変わりはありません。駆除して捨てればいいという話でもないのではないでしょうか」(先述の石川氏)
いつかは根絶されうる“害獣の味”。通販やふるさと納税の返礼品としても手に入るというから、興味のある方は、いまのうちに試してみてはどうだろうか。
デイリー新潮編集部