奇妙な外来生物コウガイビルが米国で広がる、分裂して猛毒を出し体長30センチ超にも

家の庭にも出没、人間や生態系への影響は?
 米国の民家の庭に、奇怪な外来生物が出没している。自らの体を2つに分裂させて増殖し、フグと同じ毒を分泌するものもいるという。

「話に聞くだけでもぞっとしますが、実際にあなたの庭にいるかもしれません」と語るのは、米ノースカロライナ州立大学植物病害虫クリニックの院長で昆虫学者のマット・バートーン氏だ。「コウガイビルは、米国のどこにでもいます。しかし、あまりに変わった見た目なので、見つけた人は激しく反応してしまいます」

 米メリーランド大学の昆虫学名誉教授であるマイケル・ラウプ氏によると、米国では現在、およそ30の州にコウガイビルが生息しているという。特にミシシッピ川より東と、西海岸ではカリフォルニア州から太平洋岸北西部にかけて分布し、さらにハワイ州にまで入り込んでいる。

 体長は軽く30センチを超えることもあり、種によっては麻痺(まひ)性の毒を出して、地面を這うミミズなどを捕食する。

「体外で獲物を消化してから、その組織を飲み込み、消化管へ送ります」とラウプ氏は説明する。

 この毒は、人間には特に害はない。「毒が(人間の)皮膚を通って体内に入ることはありません。ただし、口から摂取したり、何らかの形で血流に入り込んだりすれば別です。私の計算では、何匹かコウガイビルを食べなければ特に問題はないでしょう」とバートーン氏は言う。

 そして、「そこまで怖がるほどの生き物ではありません」とも付け加えた。そこで、コウガイビルについて知っておくべきことや、どんな場合に脅威となるのか、安全に駆除するにはどうすればいいかを紹介しよう。

コウガイビルとはどんな動物か

 テキサス州セギーンで害虫駆除会社を共同経営するブレイク・セインガーハウゼンさんは、サソリ、タランチュラ、ムカデなど、気持ち悪い虫には慣れっこだ。しかし2023年6月、仕事先の家で奇妙な生き物に遭遇した。13年間この仕事に携わってきたが、あんなものを見たのは初めてだったという。

 そこにいたのは、大量のコウガイビルだった。特徴は、シャベルのような形をした頭部。体は黄色がかった茶色で、縞模様が入っている。

「温室の中だったのですが、駆除を始めると次から次に出てくるんです。塩をかけて、スプーンですくいましたが、全部は除去しきれなかったと思います」

 コウガイビルは扁形動物のひとつ(編注:環形動物であるヒルとは異なり、プラナリアの仲間)。米国では比較的新しい外来生物だが、1900年代初頭にはすでに入ってきていた。

「原産地はアフリカやアジアの暖かい地域です。湿気がなければ生きられず、比較的湿度の高い石や丸太の下に潜んでいます。乾燥しすぎると死んでしまいます」とバートーン氏は言う。

 コウガイビルは卵を産むが、無性生殖での繁殖も可能だ。「体を2つに分裂させて、それぞれの部分が新しい体の部位を再生させ、2匹になることができます」とラウプ氏は説明する。つまり、駆除するつもりで体を切断しても、数を増やしてしまうだけだ。

 ミミズやカタツムリ、ナメクジなどを捕食するが、その攻撃法もかなり恐ろしい。「獲物を捕らえたら、べとべとした体液を出して動けなくします」。そして、ワタリコウガイビル(Bipalium kewense)などの場合、テトロドトキシンと呼ばれる強力な神経毒を使って獲物を麻痺させる。

 テトロドトキシンと言えばフグ毒が有名だが、ラウプ氏によると、この毒を分泌する陸生の無脊椎動物は、コウガイビル以外知られていない。

なぜ米国で増えているのか

 コウガイビルが新しい地域でどのようにして定着するのかは定かではないが、鉢植えの湿った土に潜んでいることが多いとバートーン氏は言う。そして、その鉢植えごと新しい場所へ輸送されてしまう。

「世界的に物流が発達し、動植物や微生物も一緒に運ばれてしまっています」とラウプ氏は言う。「残念ですが、気候変動と一緒で、否定しようのない事実です。このようにして新しい場所に侵入した外来種は、世界各地で生態系に深刻な影響を与えています」

 どの国も、被害を受けることもあれば与えることもある。米国にとって外来種であるコウガイビルやシタベニハゴロモ、オオスズメバチ、クサギカメムシは、すべてアジアから入ってきたものだ。

 逆に、北米原産の種も海外で被害を与えている。アメリカシロヒトリというガは、中国で年間数千平方キロの森林を荒らしている。またヨーロッパに渡ったプラタナスグンバイは、パリの有名なシャンゼリゼ通りに並ぶ美しいプラタナスの街路樹を食い荒らした。

 ではコウガイビルは、米国の生態系にどんな影響を与えているのだろうか。

 ラウプ氏は、まだよくわかっていないと話す。「ミミズは土に空気を通し、栄養を与えてくれます。ナメクジやカタツムリは落ち葉などをかき混ぜてくれます。生態系はそのようにして、自ら自然のバランスを保っています。このバランスを崩すと、土壌世界にどのような影響があるのかはわかりません」

 バートーン氏は、コウガイビルが与える長期的な影響をそれほど心配していない。

「植物の害虫ではありませんし、人間にも害を与えません。ただ見た目のせいで人々が怖がるので、広く知られるようになってしまったのです。コウガイビルは米国に入ってきてから長いですし、与えられる害はすでに与えているはずです」

 米政府は、シタベニハゴロモやアオナガタマムシ、ツヤハダゴマダラカミキリのように、農作物や森林に被害を与える外来害虫の対策には進んで予算を充てるものの、コウガイビルはそのような扱いを受けていないとバートーン氏は言う。

 米農務省の報道官によれば、「植物を食べるわけではないため、『植物害虫』にはあたりません。したがって、農務省としてはこれを管理対象とはしていません」という。

 バートーン氏は、「確かに扁形動物は直接人間に危害を加えるわけではありません」と述べる一方で、島などのように、固有の動物たちが外来生物の影響を受けやすい環境では、外来種が増えすぎて手に負えなくなってしまわないように、個体数の監視は行うべきだと指摘する。

コウガイビルを見つけたらどうすればいいのか

 言うまでもないが、絶対に食べてはいけない。また、ペットが食べないように注意しよう。ラウプ氏によると、吐き気などを起こす可能性がある。

 また、素手で触ってもいけない。粘液が手についてつかみにくいうえ、つかんでもつるりと滑り落ちてしまうだろう。自ら分裂して数を増やしてしまうかもしれない。

 食塩をふりかけ、手袋をした手でつかむかシャベルですくって廃棄しよう。容器に同量の漂白剤と水を混ぜて入れ、その中に浸すのもいい。それを家庭ゴミと一緒に廃棄する。堆肥に混ぜるのは、卵が生き残っている可能性があるので避けたほうがいい。

 米農務省は、コウガイビルに限らず、どんな外来種も新しい地域に持ち込まないように、遠出する前にはアウトドア用品や靴、タイヤを洗っておくように勧めている。同様に、鉢植えや鉢植え用の土を自分の庭から別の場所に移さないようにしよう。

 バートーン氏の対処法は、もう少し優しい。「とっさに殺してしまいたくなるかもしれませんが、私は何もしないで放っておきます。面白い生き物ですし、差し当たって脅威になるわけではありませんから」

+Yahoo!ニュース-科学-ナショナル ジオグラフィック日本版