いきもの語り 小笠原のカタマイマイ 1000キロ離れた場所で飼育なぜ?

 高く突き出た2本のツノは、何を見つめているのだろう。「井の頭自然文化園」(武蔵野市)で今月3日から、野生では小笠原諸島でしか見られないカタツムリ「カタマイマイ」の展示が始まった。

 成貝で体長約2・5センチほどに育つカタマイマイだが、その動きは鈍重で、哺乳類や鳥類でにぎわう園内ではやや場違いにも見える存在だ。約1000キロ離れた小笠原諸島から、はるばるやってきた理由とは。

「一見単なるカタツムリに見えるかもしれませんが、実は過去に大きな役割を果たしたんです」

 カタマイマイの飼育展示担当、伊藤達也さん(32)はこう説明する。

 平成23年に世界自然遺産に登録された小笠原諸島は、実はカタツムリの固有種が100種も生息する〝カタツムリ天国〟。世界自然遺産の登録に当たって評価された点の一つが、カタマイマイを含む「陸生貝類の固有率の高さ」だった。

 そんな小笠原諸島だが、平成2年ごろから外来種のプラナリアやネズミが確認されるようになると、捕食対象のカタツムリの生息数が急速に減少していく。環境省によると、固有種100種のうち、すでに18種が絶滅しており、無人島以外では他の種も「壊滅状態」(同省)に陥った。

 残った固有種の絶滅回避と生息数回復を図るため、同省は22年から繁殖計画に着手した。これに東京動物園協会が加わり、協会が運営する井の頭自然文化園でも29年にカタマイマイ約30匹を受け入れ、繁殖に取り組み始めた。

 昨年からカタマイマイの飼育に携わるようになった伊藤さん。これまで担当してきたゾウやトナカイとは違い、カタマイマイはなかなか反応を読み取り辛く、当初は飼育に戸惑うことも少なくなかったという。

 そこで彼らの生態を知るため、まずは身近なカタツムリを公園で捕まえて自宅で飼ってみることにした。色々なエサを試したり、産卵しやすい土の硬さを探ったり…。試行錯誤した結果、カタマイマイが卵を産みやすくなる条件が分かるようになり、今では同園での飼育数は約150匹にまで増えた。

 個体数が増加したこともあって公開に踏み切ったが、今後の課題はどうやって来園者に興味を持ってもらうかだ。人の気配を察するとすぐ殻に閉じ籠もってしまうカタマイマイは、動物園での観賞対象としてはどうしても地味な印象が否めない。実際、展示ケースの前で親子連れが、「カタツムリだね」の一言で通り過ぎてしまっていた。

 伊藤さんは「小笠原諸島に捕食者が入り込んだのは人間の責任かもしれない」と話し、「彼らが遂げた進化の営みは、絶滅すれば二度とみられない。足を止めてじっくり眺め、なぜここで育てられているのか思いをはせてもらえるような展示を目指したい」と話す。

 取材の帰り際、展示ケースにもう一度目をやると、1匹のカタマイマイがこちらを向いていた。高く突き出た2本のツノは、ふらふらと細く揺れている。心なしか故郷の窮状を訴えているようにも見え、小さな体の向こうに約1000キロ離れた小笠原諸島を思い浮かべた。(竹之内秀介)

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