リアル追及しながら…「釣りキチ三平」矢口高雄さんが大切にしていた大胆な発想力

 「釣りキチ三平」などを描いた漫画家の矢口高雄さんが11月20日、すい臓がんのため81歳で亡くなってから1カ月余り。「三平」や「釣りバカたち」「9で割れ!」「マタギ」「羆風」「激濤」など自宅の本棚にある矢口作品を読みあさりながら、生前に取材で聞いた言葉を思い出している。


 高い画力で、自然と人間の関わりをテーマに数多くの作品を描いた矢口さん。リアルを追及しつつ、漫画的で大胆な発想を大切にする人だった。
 2012年に長女をなくし、同じ頃に自身も前立腺がんを患って心身ともに疲弊してペンを置いた矢口さん。18年に漫画誌イブニングで始まった「バーサス魚紳さん!」(画・立沢克美氏)では、アイデアを提供すると聞いて嬉しかった。「釣りキチ三平」に登場する三平の兄貴分・鮎川魚紳を主役にしたスピンオフ。すぐさま取材を申し込んだ記者に、発表前のアイデアを話してくれた。
 印象深いのは、ブラックバス釣りの勝負で、水をジェット噴射する機材を背中に背負って空中飛行を楽しむレジャー「ジェットパック」を利用する場面だった。詳細は伏せるが、着想はドイツの作曲家シューベルトの「鱒」からと教えてくれた。矢口さんが「魚紳は釣り場へ向かう車中でクラシックなんか聞く男なんだけど、そこで『鱒』を流しながらね…」などと楽しそうに話す表情が忘れられない。
 クラシックから若者向けの最新レジャーに及ぶ幅広い知識と、それを結びつける大胆な発想力はペンを置いた漫画家とは思えなかった。いつか再び新作を描く気力の湧く日も来るのではないかとひそかに期待していた。
 記者が最後に矢口さんの声を聞いたのは9月半ば。安倍晋三前首相の辞任に伴って行われた自民党総裁選の関連取材だった。春先に体調を崩したとは聞いていたが、この時は声には張りが戻ったように感じていたのだが…。
 取材は、総裁候補の1人だった菅義偉首相(当時は官房長官)が、矢口氏と同じ秋田県出身だったことなどから「釣りキチ三平のモデルは菅氏」との説が浮上したためだ。矢口さんに連絡すると「菅さんはモデルではない」とのことだった。矢口さんのエッセーを読むと、秋田の山や川で躍動する少年時代の矢口さんが描かれている。三平は矢口さん自身だったのだと思う。
 矢口さんは長い漫画家生活で腰を痛め「もう何年も釣りをしていない」と残念そうに話していた。新作が読めなかったのは残念だが、今はただ、自身が描くような美しい日本の風景の中で、思う存分に釣りを楽しんでほしいと願っている。(記者コラム)
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