外来種を悪とする「池の水ぜんぶ抜く」の疑問点

 身近な池や川で見られるミシシッピアカミミガメにアメリカザリガニ。ブラックバス、コイ、カミツキガメ……これらはすべて人によって持ち込まれた外来種。この外来種という言葉をお茶の間に広めたのがテレビ東京の人気番組「緊急SOS! 池の水ぜんぶ抜く大作戦」だろう。


 しかし番組を観ているだけではわからない問題点もある。朝日新聞科学医療部の小坪遊記者の新著『「池の水」抜くのは誰のため? ――暴走する生き物愛』より一部・抜粋、再構成して紹介する。
 番組のホームページやこれまでの放送内容をまとめると、次のような流れで番組は進行します。
?身の回りの池や沼などで、水を抜いてきれいにしたい場所や、「迷惑外来生物」「危険生物」を駆除したいところなどの情報が視聴者から寄せられる。視聴者は個人の場合も団体の場合もある
?ロケーションが決まると、水やヘドロを排出し、池や沼の水深を浅くして、捕獲作業を行いやすいようにする
?参加者らが魚などを捕まえる。その過程で特定外来生物などの影響の大きな外来種や、しばしば絶滅危惧種などの貴重な生物も見つかる
?外来種と元からいた生き物「在来種」をよりわけて、外来種は除去、在来種を元に戻し、池や沼をきれいにする
 各回の副題もなかなか魅力的です。「危険生物から日本を守れ! 池の水を全部抜いて全滅大作戦」(第1弾)、「”池の水ぜんぶ抜いて”迷惑○○を全滅させよ!」(第2弾)、「宿敵! カミツキガメ捕獲に挑む!」(第9弾)、「大量捕獲だ! 怪物チョウザメ!?  史上最大ハクレン軍団」(第17弾)、「地獄の水路で大量捕獲 巨大怪獣デカガメラ!!」(第21弾)、などです。
■出演者と外来種の熾烈な戦い
 例えばカミツキガメは、特定外来生物に指定されており、名前の通りかみつくことで人にけがをさせる恐れがあります。最大で甲羅の長さが50センチ近くなり、陸に上げられると特に攻撃的になるといいます。大きなカメにかまれた場合は大変なことになりそうです。
 ハクレンは中国などが原産の淡水魚で、最大で1.2メートル、30キロにもなる巨大なコイの仲間です。捕まえるのも一苦労でしょう。番組では、出演者とこうした外来種の熾烈な戦いが行われることがうかがえます。そして視聴者は「我々vs外来種」の観戦者となって、思わず熱くなってしまいます。
 2017年1月に初回が放映されたこの番組には、芸能人やアイドル、政治家までもが参加し、一大テレビイベントといった様相を呈しています。この番組によって、外来種が日本のため池にすむ生き物を食べてしまう問題や、「かいぼり」(池干し)という言葉への認知度が高まったことは事実です。しかし、番組にはいくつかの問題点があるように感じています。
 番組を見た方の印象は、かいぼりとは、水を抜いて外来種の魚などを捕まえる手段といったものでしょうか。また、外来種とは危険な悪者で駆除するべき存在とも感じるかもしれません。しかし、実際のところ、それだけでは誤解だといっていいでしょう。
 兵庫県東播磨県民局が出している「東播磨 かいぼり・外来種駆除マニュアル」には、次のように書いてあります。
 「稲の収穫期後の冬に、ため池の水を抜いて干し、底にたまった泥を取り除いて、ため池にひび割れや水漏れがないか等を点検する作業のことです」
 昔のかいぼりとは、あくまで稲作のために水をためておくための池という設備のメンテナンス作業だったことがわかります。そのうえで、この手法を使うと外来種の魚やカメなどを効率よく捕まえて駆除ができることに注目したNGOなどが行い、少しずつ広めていきました。
■外来種は果たして悪者なのか
 また、「外来種は悪者」というような番組の視点も、わかりやすいようで間違っているところがあります。外来種とは、人間の活動によってほかの地域から持ち込まれてきた生き物であり、それ以上でもそれ以下でもなく、善悪とは関係のない概念です。 
 例えば、野菜や家畜、ペットなどは、ほとんどが海外の原産であり、定義としては外来種ですが、私たちの生活になくてはならない存在でもあります。イネに至っては、縄文時代に日本に持ち込まれた作物ですが、今は私たちの主食です。その栽培環境である水田は、日本の里山の風景であり、水生生物などの重要な生息場所にもなっています。
 こうした、人が管理できて、生態系への悪影響やリスクを考えなくてもいいような外来種までも駆除する必要はありません。あくまで健康や農業、生態系といった、人にとって重要なものに対して害を及ぼす場合にその悪影響を取り除く必要があるということです。
 ただ、外来種についてはその悪影響やリスクがよくわからないこともあり、なるべく新たに持ち込まない方がいいということは認識しておく必要もあります。外来種であるかどうかそのもの、ではなく「生態系や人の社会に害やリスクがあるか」という観点で、外来種をとらえる考え方は極めて重要です。
 かいぼりに話を戻すと、外来種が憎くて行うわけではありませんし、駆除そのものが目的でもありません。その目的は、ため池に元々すんでいた在来種の魚や水生昆虫のいる本来の生態系を取り戻すことです。外来種の駆除によって、悪影響を取り除くのは、目的のための手段にすぎません。
 ここまで書くと、「緊急SOS!  池の水ぜんぶ抜く大作戦」について、いくつかの疑問や論点が浮かび上がってきます。
 まず、かいぼりが、地元からSOSを受けて、番組主導で取り組みが行われている点です。かいぼりは池のメンテナンス作業。一度だけでは終わりません。事後の点検や、それで問題が見つかればさらに適切な処置を行う必要があります。特に悪影響のある外来種を駆除する場合は注意が必要です。例えば、ブラックバスを一気に取り除くと、それまでブラックバスが食べて数を抑えていた外来種のアメリカザリガニが急増する場合があることが知られています。
 アメリカザリガニは、水草を刈り、水生昆虫のすみかを奪ったり、食べてしまったりします。そのため、一度だけかいぼりをして放置すると、一気に増えたザリガニによって、かえって状況が悪くなる場合があるのです。それを防ぐには、外来魚を取り除いた後も、ザリガニ対策が必要になります。一度では終わらないメンテナンス作業だからこそ、かいぼりは、地域が主体的、継続的に取り組む必要があるのです。
■地域の力では継続的に行えないことも
 ですが、同じ番組の企画で、同じ場所を何度もかいぼりすることは難しいでしょう。「巨大ハクレン軍団」などは、一度駆除してしまえば、誰かがまた大量に放流でもしない限り、再びカメラでとらえることは不可能です。「今年も無事に在来種が増えていることが確認されました」という、穏やかなため池の映像で、「宿敵カミツキガメ」よりも視聴率を稼ぐことは、難しいのではないでしょうか。
 前回よりも「映えない」場面を撮りに行くテレビ番組なんて、私が担当者なら簡単にはOKできません。また、テレビ局の企画でないと実現できないような大がかりなかいぼりの場合、地域の力では継続的に行えないかもしれません。
 事前の準備も心配です。時々絶滅危惧種などが発見されて、出演者が驚く場面が流れます。貴重な生き物が残っていたことは喜ばしいのですが、事前に池でサンプリング調査などをしていないのか、気になるところです。もし貴重な生物がすんでいるのであれば、一気に水を抜く前に保護することも検討するべきです。番組が事前の調査はなく、いきなり水を抜いて外来種を捕獲してそれっきり、ではないとよいのですが。
 番組内で、外来種との対決を過度にあおったり、目的化させたりしていないかも心配です。外来種の捕獲は「池を整備する」という目的のための手段、そのさらに一部分にすぎません。ところが、冒頭に挙げた副題のように、番組では「危険生物から日本を守れ!」「迷惑○○を全滅させよ!」「宿敵!」「怪物」「軍団」「地獄」などの表現があります。まるで外来種が親の敵、悪の権化かなにかで、それと人類の存亡をかけた戦いが演じられるかのようです。こうした番組を経て、「外来種=悪」というイメージだけが印象に残るのなら残念です。
 反対に、まるで宿敵のように外来種を捕まえる様子を見て、「あまりにもひどい扱いではないか」「命を大事にしてほしい」と感じる人もいると思います。番組の印象だけで、かいぼりを「かわいそうな外来種の命を奪っている」とか「外来種いじめ」と受け取ったり、芸能人の「遊び」としか思えなくなったりすると、本来のかいぼりにまで、ネガティブなイメージを持ってしまうかもしれません。
■元々は誰かが生息地から持ち込んできた
 外来種の問題は、誰かが後始末をしなければなりません。それは敵討ちなどではなく、元は誰かが本来の生息地から持ち込んでしまったことによって起きた厄介事の尻ぬぐいです。
 専門的知識や技術が必要で、生態系の管理がわかっている人、生き物の特徴を知っている人が関わるからこそできるのです。そして、そうした人たちは生き物の魅力についても詳しい人たちです。取り組みながらも心を痛め、生き物に「申し訳ない」と思っている人も少なくありません。
 「緊急SOS! 池の水ぜんぶ抜く」はかいぼりという取り組みの存在を広く知ってもらううえで、大きな効果をもたらしたと思います。せっかくですので、番組をきっかけにかいぼりというものを知った方には、よい資料や、参考になる取り組みがあることも知ってもらいたいと思います。市民参加型、地域主導型の、本来の形のかいぼりも、もっと皆さんの目に触れるようになればと願うのです。
小坪 遊 :朝日新聞科学医療部記者
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