上海ガニの密輸に困惑する米国、すでに野生化も

昨秋1万5000匹を押収、ヨーロッパでは20世紀に大きな打撃
「上海ガニ」として人気の食材となるチュウゴクモクズガニ。生態系に悪影響を及ぼす外来種として、米国をはじめ多くの国で輸入が禁じられている。


 2019年秋、米国シンシナティの港で、毛深いハサミを持つ生きたカニが合計3700匹も押収された。50個におよぶ積み荷は、それぞれ「Tシャツ」「ジーンズ」「自動車部品」など虚偽の申告がされていた。
 これらのカニは、米国内で販売するためにアジア系の市場や食品卸業者が密輸したものだ。中華料理で人気の食材で、一般に「上海ガニ」として知られるチュウゴクモクズガニは、在来の野生生物やその生息地を脅かす存在として「世界の侵略的外来種ワースト100」に数えられている。
 このカニは食欲旺盛で、野生に放たれると生態系や漁業に打撃を与えるほか、川岸のやわらかい泥を掘って浸食を加速させたりもする。また上海ガニは、人間の健康を脅かすこともある。生で食べたり、火をしっかりと通さなかったりした場合、肺を攻撃する寄生虫を媒介することがあるのだ。
「チュウゴクモクズガニは法律で『有害種』に指定され、米国への輸入は禁じられています」と語るのは、米魚類野生生物局の野生生物検査官イバ・ララ=フィゲルド氏だ。「有害種は在来の生態系を脅かすものであり、公衆衛生上の脅威になり得ます」
 カニが逃げ出して野生化することを警戒する当局は、密輸の阻止に力を入れている。「チュウゴクモクズガニの市場は非常に大きく、その規模は年間115億ドルにもなります。多国籍犯罪組織が、カニを大量に密輸入しているのです」
上海ガニ摘発作戦
 2019年秋、米野生生物捜査官と国境管理当局は、「隠された上海ガニ作戦(Operation Hidden Mitten)」に着手した。これは、アジア系市場に流れるカニを取り締まるための全国的な取り組みだ。ニューヨーク、マイアミ、サンフランシスコ、シンシナティ、ロサンゼルスなどの港に到着する貨物を厳重に監視することで、当局はすでに数百個にのぼる偽の荷札が付けられた箱と、その中に入っていた1万5000匹近い生きたカニを発見している。
「わたしたちはカニを密輸している多国籍犯罪組織を押さえようとしています。もしカニが野生環境に逃げ出して数を増やせば、その影響は甚大なものになるでしょう」
 そうした事態はすでに起きていると、科学者は言う。船のバラスト水に紛れ込んで運ばれてきたり、市場に流すために意図的に放流されたとみられるチュウゴクモクズガニが、米国の海や川にその爪跡を残し始めているのだ。
「チュウゴクモクズガニは生きたまま輸送されます。彼らは水の外に長時間留まっていても平気なのです」と、米スミソニアン環境研究センターの生物学者で、市民から上海ガニの目撃情報を集めるウェブサイト「ミトンクラブウォッチ(Mitten Crab Watch)」を運営するダリック・スパークス氏は言う。氏によると、このカニは水中と陸上を行き来しながら、1日3.5キロもの距離を移動することができるという。
「もしカニを詰め込んだ荷がトラックから落ちて水に入れば、あっという間に大量のカニがすみつくことになります。一匹のメスは大量の卵を産みます。チュウゴクモクズガニがほんの数匹いれば、すぐに相手を見つけて繁殖を始めるでしょう」
 ハンバーグほどの大きさで、毛深いハサミをもつチュウゴクモクズガニは、中国や韓国などの沿岸部に生息している。海水中で生まれた幼生は、河口から川へ移動し、そこで2〜5年間、川岸に穴を掘って、淡水魚や無脊椎動物を食べながら過ごす。その後、海水域へと戻って繁殖を行う。
 米国における感謝祭の七面鳥のように、中国では「上海ガニ」は秋の風物詩となっている。秋は上海ガニの旬であり、長江のデルタ地帯を中心にいくつもある養殖場からは、旺盛な需要に応えるために大量のカニが出荷される。
 このカニの本場と言われる蘇州市の陽澄湖畔には最近、巨大なカニの形をした博物館が建設された。杭州市の路上や地下鉄の駅構内には、生きたカニを売る自動販売機があり、カニ酢と生姜茶2袋付きで3ドルほどで購入することができる。生きたチュウゴクモクズガニの輸入が禁止されている米国では、消費者は最大50ドルを支払って、非合法な市場からカニを手に入れる。
ヨーロッパではすでに大きな影響
 ヨーロッパにおけるチュウゴクモクズガニについての最初の記録は、1912年にドイツで記されたものだ。バラスト水に紛れてアジアからやってきたと考えられている。1930年代なかば、ドイツの川や運河にはカニを排除するための罠が仕掛けられ、その捕獲量はある年には290トンにのぼった。モクズガニは、川岸を荒らし、自生の水生生物を食い散らし、漁網をもつれさせる厄介者となっていった。
 英国では、テムズ川にモクズガニが増えすぎたため、当局が現在これを捕獲して中国に売ることを検討している。また地元の野生生物保護活動家らは、カニを食べようというキャンペーンを展開している。有名シェフのゴードン・ラムゼイ氏は、テムズ川で捕獲したモクズガニを料理してみせ、食べることによる個体数の制御に賛意を示した。「上海ガニはほかのカニよりもずっと甘みがあり、味が濃厚です」。ロンドンの中華料理店の料理長と一緒に出演したテレビ番組で、ラムゼイ氏はそう述べている。
 ララ=フィゲルド氏は、米国人にチュウゴクモクズガニを食べるよう勧めることについては慎重な姿勢をとっている。「もし、すでにここにいるカニを捕獲しようという運動であれば有益でしょう」と、ララ=フィゲルド氏は言う。ただし「生きたカニの輸入の禁止には力を入れなければなりません」
 米国でチュウゴクモクズガニが初めて目撃されたのは、1980年代末、サンフランシスコ湾でのことだ。スミソニアン環境研究センターのスパークス氏によると、その個体数はしばらくの間は爆発的に増えたものの、やがてはっきりとした理由もないまま減少していったという。「はっきりした原因はわかりません。しかしチュウゴクモクズガニの個体数は、本来の生息地でも増減を繰り返します。ある日突然、大量のカニが再び現れるかもしれません」と、スパークス氏は言う。
 東海岸でこのカニが初めて目撃されたのは2015年のこと。「わたしたちは漁業関係者に連絡をとって、モクズガニを見た人がほかにもいないか情報を募り始め、また一般の人たちにも、目撃したら報告してもらえるよう呼びかけています」とスパークス氏。
 スミソニアン環境研究センターが開設しているオンラインの追跡マップには現在、チェサピーク湾、デラウェア湾、ニューヨークのハドソン川沿いなどでのモクズガニの目撃情報が多数掲載されている。ハドソン川では、160キロ上流での目撃例もあるという。「ハドソン川には確立された個体群があると考えています」とスパークス氏は言う。「もしドイツほどの数になれば、環境に大きな影響を与える可能性があります」
 米国の各州は、積極的にチュウゴクモクズガニの調査を行ってはいないため、科学者が追跡するには、一般市民からの報告に頼るしかない。もしモクズガニを見かけたら、まずはクローズアップの写真を撮り、目撃した場所の詳細とともに「Mitten Crab Watch」のサイトに報告をあげてほしいと、スパークス氏は述べている。
文=RENE EBERSOLE/訳=北村京子
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