ニッポン発ラグジュアリー(4)
「ラグジュアリー」という言葉から連想されるブランドとは。エルメス、シャネル、アルマーニ、ブリオーニ――。それは欧州に集中する。歴史や高度な技術に裏打ちされた最高無比の品質、所有者に夢を与える美しさと心地よさ。そうした条件を備える作り手と創造物が「ラグジュアリーブランド」を公言する。では、日本に同様のブランドを生み出す素地はないのか。そんなことはない。洗練された美意識、精緻なモノづくりの技術、時代を超えて人々を魅了する素材。この国にはあまたの条件がそろう。そして今、まさに「ニッポン発ラグジュアリー」創造への挑戦が始まっている。
■「革のダイヤモンド」コードバン、日本で唯一一貫生産
「革のダイヤモンド」という呼び名を持つ皮革がある。高級バッグや靴に使われる馬革、コードバンだ。希少な部位である尻の革の一部分で、宝石のように研磨すれば、その表面は独特の光沢を放つ。兵庫県姫路市にある新喜皮革は60年以上馬革のタンナー(皮革原料生産者)を営み、日本で唯一、コードバンを一貫生産してきた。2010年には馬革のバッグや小物を生産・販売する子会社、その名もコードバンを設立し、自社ブランド「ジ・ウォームスクラフツ マニュファクチャー」を展開。馬革の素材から製品までを一手に担う、世界でもまれな会社となった。
皮革工場と同じ建物にあるコードバンの工房を訪ねると、軽快な音楽が流れるなか、10人ほどいる若手職人が小物の製造に没頭していた。皮革のカット、縫製、検品――。小規模なこの工房の手仕事から、国内外のファンを魅了する商品が次々と生み出されていく。
代表的な商品の一つがコードバンを使ったウォレットだ。しっかりした作りながら、持てばしっとり手になじむ。内側もすべて馬革だ。通常の長財布は完成までの工程がほぼ80。かたやこの財布はおよそ200工程かかる。深みのある黒、鮮やかな赤、シックなパープルと、美しい発色も高級革ならでは。オーダー会ではたちまち売り切れてしまうという人気の商品だ。
すべての商品をデザインしているのは、デザイナーでコードバン常務の米田浩さん。「最高のコードバンを使うからにはファスナーなどの部材、技術、デザインすべてがコードバンに背かない、最高のものでなければいけない」と語る。このジ・ウォームスクラフツは、かつて米田さんが新喜皮革に入社する前、自身で運営していたファッションブランドをベースにしている。
ある時、新喜皮革の革素材の美しさに感銘を受けた米田さんは、自分のブランドの革小物を製造するため同社から皮革を調達するようになった。やがて米田さんの事業が行き詰まり、新喜皮革専務で現コードバン社長の新田芳希さんのもとに相談に行ったところ、センスはいいのだから製品作りは続けたほうがいい、と助言された。そこで米田さんは新喜皮革に入社し、その後分社化されたコードバンで小物製造のディレクションをすることになった。
皮革は姫路の伝統的な地場産業で、今でも大小の業者が80社ほどある。新喜皮革はその中でも大規模なタンナーだ。手掛ける馬革は海外ブランドからの引き合いが多く、世界の皮革見本市でも一目置かれる存在。国内のコードバンではもちろんトップシェアだ。だが、新田さんも米田さんも、BtoBの1次産業で終わらせるつもりはなかった。「社長からは、フラットな平面になった革にもう一度命をふき込んで立体化してほしいと頼まれた。最終製品づくりまで手掛けてBtoCのビジネスモデルを確立できたら、お客さんは世界中に広がるはずだと確信した」。米田さんにはバッグや財布を通じて姫路のすぐれた皮革文化を広く伝えたいとの思いがある。
■「革は肉を食べた後の副産物。その本質を伝えていきたい」
馬革は大きく分けて2種類ある。胴体部分の革であるホースハイド。そして馬の尻の一部に存在する、密集した繊維層の部分から作るコードバンだ。コードバンはほかの革に比べて、仕上げまでに長い時間がかかる。
新喜皮革のコードバンの生産量は月産2500頭分だ。原皮はすべて欧州産の馬で、それも頭の先から尻までが2.3メートル以上ある、馬体が大きい最高グレードしか購入しない。1カ月かかって到着した原皮をまずは3カ月塩蔵し、その後なめしに1カ月。そして乾燥工程を経た後に、表革と裏革の間に隠れている、繊維が緻密なコードバン層を削り出す。さらに染色し、グレージングという純度の高いガラスで表面を平滑にこすっていくと、繊維が寝かされ、ツヤが浮き出てくる。その表面に幾重にも塗膜を重ねて色をつけていく。かれこれコードバンが1枚できあがるまでに、およそ10カ月がかかるというわけだ。
時間をかけて仕上がった高級素材は、ひと味違うモノを求める消費者の心をとらえる。財布などの小物とともに人気を集めているのがビジネスバッグだ。中心顧客は30代〜50代のビジネスパーソンで、学者や弁護士の顧客も多い。ホースハイドを使った人気のトートバッグ「Circe」は東京の店舗で年200個売れるヒット商品となった。コードバンにほれこみ、一度に400万円購入した学者もいるほど。すでに持っている有名海外ブランドの「次の商品」を求めるニーズをとらえ、女性客も3割を超えるまでに増えてきた。「たとえばコードバンは使っていてどんどん表情が変わり、『その人の革』になっていくところが魅力。育てていける革、というところでしょうか」と新田さんは話す。
世界的な動物愛護運動のうねりや家畜の二酸化炭素(CO2)排出に対する懸念の高まりなど、家畜の皮革の調達には逆風も吹いている。もっとも「革は人間が肉を食べた後の副産物。その本質もしっかり伝えていかなければいけないと思う」と新田さん。売り上げはこの10年、緩やかな右肩上がりが続いているが、事業を大きく広げるつもりはない。米田さんは「一生使うつもりで購入してくれたお客さんがいつでもバッグを修理できるようにしていたい。お客さんだけでなく、協力工場や職人、関わるすべての人を大事にしたい。だから、長くこの会社を続けていかないと」。
■近大マグロや琵琶湖のブラックバス使い新たな革づくり
新田さんは馬革を通じて世界に誇る一流のなめし技術を習得したが「これで完成というものはない。まだまだいいものを開発させていきたい」とチャレンジ精神旺盛だ。その意気込みを示すものとして見せてくれたのが、鮮やかなオレンジや黄色のグラデーションが美しい、キーケースや名刺入れだ。蛇皮のような一風変わった模様の革は、なんとマグロとブラックバスのもの。「マグロはマグロでも近畿大学が養殖した近大マグロ。ブラックバスは琵琶湖産です」(新田さん)。これまで誰も手がけたことがない皮は一体何だろう、と探し続けた結果、目を付けたのがこの魚だった。2年ほど前に大阪の店舗で「KINDAI Tuna & BIWAKO Black Bass」(近大マグロと琵琶湖ブラックバス)という名の商品ラインでひっそり売り出した。
釣り好きの新田社長がよく行く琵琶湖では、ブラックバスは食用にされ、皮が残る。「まさに資源の再利用です。近大マグロも調理に適した大きさに切り分けられたあと、皮はほとんど捨てられてしまう」。そうした皮を集めて冷凍保存し、ていねいになめして加工する。
これまで魚類ではサケ、サメ、エイ、ウナギなどが革製品に加工されてきたが、マグロやブラックバスは例がない。「魚はどうや、と言うと、趣味の釣りでそんなことして、と社内では最初反対されましたけど(笑い)。オレンジは金魚、黄色は南米の金色の魚から着想しました」。今年は東京で大々的にお披露目する計画で、その日に備えて新色に取り組む。実はその革の染色でもアイデアがあるという。「サステナブルといえば植物染め。魚シリーズには水草を使った植物染めに挑戦したいんです」。馬から魚へ、技術はさらに深化する。
(Men’s Fashion編集長 松本和佳)
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