国際文化観光都市の水都・松江市の河川で大量発生する外来種のミシシッピアカミミガメの駆除のため、「まつえワニの会」の遠藤修一代表(75)と小草一政副代表(72)が奔走している。水都の生態系と景観を守るために立ち上がった2人の活動に密着した。
「うわぁ~いっぱい入っとるわ」。
遠藤代表と小草副代表が、網でできたドーム状のわな(直径、高さ60センチ)を松江市内の講武川水系の貯水池から引き上げながらつぶやいた。中には手のひらよりも大きい、10匹ほどのカメがうごめていた。
2人は5~10月のほぼ毎日、市内9カ所に仕掛けたわなを回り、アカミミガメやブルーギルといった外来種を回収する。わなにかかった生物は専門家の指導の下で選別し、在来種は川に戻し、外来種は苦痛が少ないとされる冷凍処理で駆除しているという。
わなにかかったカメはポリバケツなどに入れ、松江市上下水道局(松江市学園南1丁目)近くにある、市所有の冷凍庫まで軽トラックで運ぶ。わなから軽トラまで、カメ10匹が入ったポリバケツを運ぶのはなかなかの力が必要に思えるが、元遊覧船の船頭の遠藤代表は「船で鍛えたこの腕があれば朝飯前だわ」と豪快に笑った。
孫の孫の世代のため
まつえワニの会は6人が所属し、ほぼボランティアで活動する。遠藤代表は元々、松江城周辺の堀川を巡る、堀川遊覧船の船頭で、小草副代表は現役の船頭。遠藤代表はいつも眺める堀川に外来種ばかりがいる現状を憂い、引退後の2020年5月、会を立ち上げた。
駆除活動が始まるまでには紆余(うよ)曲折があった。会の立ち上げ当初、仲間を募った際には「カメを殺すなんて縁起が悪いことできんわ」「汚れるだろうし大変そう。ようやらん」と反対にあった。それでも遠藤代表は「誰かがやらないと自分たちの孫、その孫の世代にこの松江の美しい環境が引き継げない」との思いから活動を諦めず続けた。その中で、小草副代表や他の仲間が理解者となり、今の活動につながっている。
活動が始まってからも苦難は続く。立ち上げ当初から現在のようなわなを仕掛けてカメを捕まえていたが、わなの設置には県の漁業調整規則に基づく県沿岸漁業振興課の許可が必要と知り、一時活動休止になった。許可が下りるのは教育・研究機関が主で、民間団体の外来種駆除の名目では許可が下りず困り果てていたところ、救世主が現れた。会の活動を知った県自然環境課が後押しし、21年は県からの委託事業という形で、会の代わりに許可を取った。こうしてワニの会は活動を続けることができ、今年はその実績を基に県沿岸漁業振興課から会に直接許可が下りた。遠藤さんは「活動が多くの人に知られ、後押しされたことでなんとか活動を続けられている」と話した。
住民主導の駆除活動に「限界ある」
ただ、市内の河川にあふれるカメの数は想像以上に多い。遠藤代表によると、2021年5~10月に駆除したアカミミガメの数は2300匹。今年に入ってからは7月末時点で既に2150匹を駆除しているが、小草副代表は「捕っても、捕っても減らない」とため息をつく。
島根県立宍道湖自然館ゴビウス(出雲市園町)によると、アカミミガメは目の横に赤い模様があるのが特徴。昔から「ミドリガメ」として祭りの縁日で定番の生き物で、ペット用に飼育されたものが、放されたり逃げ出したりして繁殖したものと考えられるという。雑食性で、水辺の花の根や宍道湖特産のヤマトシジミといった在来種の動植物を食べ、生態系を乱す懸念が高い。天敵はワニだが、日本にはワニがいないため、増え続けている。まつえワニの会の名称は天敵のワニからとって名付けた。
環境省によると、アカミミガメは飼育や保管、輸入が規制される特定外来生物には現時点で指定されていない。このため、増え続けるカメは地方自治体や住民が対応しなければならない。島根県からは前述のような後押しはあるものの、大々的な駆除活動は行われていないのが現状だ。小草副代表は後押しに感謝しつつも「われわれのような民間団体の活動では限界がある。本当は国や自治体が主導してもらいたい」と本音をこぼす。
法改正で規制検討も
今年5月、外来生物関連で国の動きがあった。外来生物法の一部改正案が可決され、アカミミガメを部分的に規制する新たな枠組みが検討されることになった。
環境省によると、外来生物法は外来の動植物による生態系への被害を防ぎ、生物の多様性を確保するためのもの。特定外来生物にはアライグマやウシガエルといった156種類が指定されている(2021年8月時点)。
今回の改正で環境省は、推計で約110万世帯約160万匹が飼育されるアカミミガメと、約65万世帯540万匹が飼育されるアメリカザリガニの輸入販売、放出を規制するといった、特定外来生物とは異なる枠組みを創設する方針を示した。ただ、環境省が示した案の中では、飼育や個人間の無償譲渡は規制されていない。既にいずれも一般家庭で広く飼育されており、飼育も含め一律規制することでかえって現在飼育されている個体が大量に捨てられるという懸念があるからだ。
遠藤代表は今回の改正について「カメを育てたいという思いは止められない」としつつ「カメは小さい頃はかわいいが、成長するととても大きくなり、気性が荒くなる。飼い主はそうなっても途中で捨てず、責任を持って命を全うさせてほしい」と願った。小草副代表は「結果的に駆除はしているが、人間が放しただけであって本来カメには何の罪もない。全ての人間が放さないようになればいいんだけど、なかなかね…」と嘆息した。改正法の施行日は8月17日時点で未定。
国際文化観光都市の水都・松江市の環境を守るため立ち上がり、炎天下で駆除活動を続けるワニの会。遠藤代表は「在来種だけの松江を取り返すためには活動を10年、20年と続ける必要がある」と話すが、活動費や会員の体力といった課題は尽きない。現状で、来年以降の展望も明確に開けていないという。国宝松江城天守と水辺の美しい景観は、多くの観光客を魅了する水都・松江の宝。一方、目には見えにくい「水の中」の生態系は危機的な状況にある。この課題を直視し、解決に向けた活動の輪が広がることを2人は願っている。
(まいどなニュース/山陰中央新報)