「アメリカザリガニが田んぼに穴を開けて困っている」との情報が日本農業新聞「農家の特報班」に入ってきた。情報提供者は山形県の水稲農家。「水がたまらない」という。詳細な被害状況を把握するため、記者は現場に飛んだ。
取材に協力してくれたのは山形県村山市で水稲11ヘクタールを栽培する柴崎仁左衛門さん(77)。「とりあえず見てほしい」と案内された場所に向かうと、畦畔(けいはん)の内側に大きな水たまりができていた。
よく見ると穴が開き、バシャバシャと音を立てて水が流れ出ていた。「こんな場所が10数カ所あり、穴のそばにはザリガニがいる」という。
記者が訪れた水田の水路に、柴崎さんが網を入れてすくうと、数匹のザリガニがかかった。「こいつらだよ」と一匹持ち上げると、はさみを上げて威嚇する仕草を見せていた。
5年ほど前から被害が目立ってきたという。駆除しても毎年、どこかしらの畦畔に穴が開き「今年は特に多い印象」と柴崎さんは話す。
土でふさいでも切りがなく、田に水がたまらないので、水路から水を入れ続けるしかない。十分にたまらないので、「生育に影響が出ないか心配。渇水し、水路の水が少なくなれば、田んぼが干上がる恐れもある」と懸念する。
柴崎さんは6月に本紙が掲載した「ザリガニ大量死」の記事に、ザリガニの生態に詳しい岡山大学環境生命自然科学学域の中田和義教授が出ているのを見つけ、自ら中田教授に連絡して被害を相談。中田教授から特報班に連絡が入り、今回の取材につながった。
柴崎さんを悩ませる畦畔の穴について、記者が中田教授に見解を求めると「アメリカザリガニによる穴かどうかは詳細な調査が必要」とのことだった。ただ、アメリカザリガニが水田の畦畔に穴を開け、漏水させることは「よく見られる被害」と指摘する。詳しい生態を尋ねると「ある程度の高気温下では活発になり、繁殖スピードも上がる」との説明を受けた。
アメリカザリガニの生息域は北海道から沖縄までと広い。さらに取材を進めると、全国各地で被害が見つかっていて、国も調査に乗り出していることが分かった。
全国で被害、水路崩壊も
畦畔の斜面に、ぽっかりと大きく開いた穴。背後に広がる田んぼから、次々と水が流れ出てくる――。
記者が現地取材した山形県村山市と同じ被害が2021年度、愛知県安城市でも発生していた。被害状況を調査した愛知県農業総合試験場の担当者は「アメリカザリガニが巣穴を堀った」と話す。
降雨による増水で、その巣穴は拡大。流れ出す水量が一気に増え、コンクリートの水路壁が崩壊する被害が出た。同担当者は「修復に時間と費用がかかった。非常に厄介者」と話す。
県は農家の要望を受け、21年度からアメリカザリガニの生態と効率的な駆除方法の調査に着手。調査研究は今年度が最後で、結果をまとめ次第、駆除方法のマニュアルを作成し、農業関係者らに配布する予定だ。
さらに取材範囲を広げると、愛知県よりも西、山口市でも複数の農業被害が出ている情報をつかんだ。中国四国農政局の担当者は「ため池の岸辺に無数の穴を開け、堤体を崩落させたケースが確認されている」と説明。在来の水生植物、昆虫、両生類の捕食など生態系にも影響を与えているという。
岡山大学環境生命自然科学学域の中田和義教授は、水田に穴を開けて害を及ぼすザリガニは「アメリカザリガニとみて良い」との見解を示す。低水温でないと生息できない二ホンザリガニと違って、アメリカザリガニは水田でも生息できる。
隠れ家となる巣穴を掘って繁殖し、越冬する。水が染み出る場所に到達するまで穴を掘るため、穴は深くなり「水田の漏水被害を招く要因となっている。10年以上前から、数年に一度、排水路を埋め尽くすほど集まる姿が確認されている」と中田教授は指摘する。
穴を塞いでも掘り返されるため駆除が必要だ。中田教授は「水田の落水後は排水路に集まってきやすく、駆除のチャンス」と話す。
国は被害「把握してない
全国のアメリカザリガニによる農業被害と駆除方法はどうなのか。農水省に問い合わせると、被害状況は「データがなく把握していない」(鳥獣対策・農村環境課)という。調査方法が確立されていないため「ザリガニの被害なのか特定しづらい」(同課)のが理由だった。
一方、各地から被害の報告が届いていることを受け、同省は23年度、都道府県に被害状況を調査。「水稲やレンコンの畦畔に穴を掘り漏水させる」「水稲の葉を切断して食べる」といった情報が届いたという。
調査結果を分析した上で、同省は今年度末までに“農業版”アメリカザリガニの駆除の手引きをまとめる方針。農家や農業水利施設の関係者向けに駆除方法を示す見通しだ。
(高内杏奈)
アメリカザリガニとは
2023年に「条件付特定外来生物」に指定。家庭で飼うことはできるが野外に放すことは禁止されている。違反すると最大3年以下の懲役か、300万円以下の罰金が科される。混同されがちだが、ニホンザリガニは絶滅危惧種に指定されている。
