フロリダマナティーを苦しめる侵略的外来種のナマズ、一度に20匹ぶら下がることも

頭や目にまで張り付く南米原産の「プレコ」ことマダラロリカリア
「1頭のマナティーに20匹ものナマズがぶら下がっているのを見たこともあります。頭や目にまで張り付いていて、マナティーはどんなに気持ちが悪かったことか」。米国フロリダ州ブルースプリング州立公園の泉で目にした光景を振り返るのは、非営利団体「セーブ・ザ・マナティー」のマルチメディア担当兼マナティー研究員であるコラ・バーチェム氏だ。

 このナマズはマダラロリカリア(Pterygoplichthys disjunctivus)で、「プレコ」とも呼ばれる。体長は60センチほど。黒い体に紫と茶色のまだら模様とよく目立つ帆のような背びれがあり、平たい腹は水底の藻を食べるのに適している。

 フロリダでは侵略的外来種で、川底に生息している。1950年代に南米からフロリダ州に持ち込まれ、おそらく無責任な養殖場から州内の川に放されるか逃げ出すかした。

 マダラロリカリアは生存能力が高く、雨が降っているときには陸上を移動することもできる。こうして次第に分布域を拡大し、今では根絶が不可能なほどに増えてしまった。

 ヨロイのように硬いうろこと吸盤のような口で、マダラロリカリアはマナティーを悩ませる。といっても、狙いはマナティーそのものではなく、その背中についている藻類だ。滑りやすい藻場で食事をするよりも、こちらのほうが食べやすい。

 しかし、マナティーにしてみたら迷惑な話で、とげとげの歯で背中をかじられるのはストレス以外の何ものでもない。不快なナマズを振り落とそうとして体を過剰に動かすため、体温は危険なほど下がり、体重も減少する。

 フロリダ州デランドにあるステッソン大学の生物学教授で、マダラロリカリアがマナティーに与える影響を研究しているメリッサ・ギブス氏は、マダラロリカリアが食らいついているとき、マナティーが異常なほど活発に体を動かしていることに気付いた。しかし、あまりに激しく運動すると、水温の低い環境に対処するための体力が不必要に失われ、健康が損なわれかねない。

「やっとのことでナマズを振り落としても、しばらくして落ち着きを取り戻すとナマズは戻ってきてしまいます。これがまたマナティーを苛立たせます」

 毎年冬になると、米国フロリダ州ブルースプリング州立公園に、数百頭のマナティーがやってくる。公園内の泉から湧き出る22℃の温かい水で体を休め、エネルギーを温存するためだ。2024年には、1日で700頭以上のマナティーが観察された。

 マナティーがエネルギーを節約しながら冬を過ごす泉には、食べるものがほとんどない。ところがそこへナマズがやって来て背中の藻を食べ始めたら、マナティーは体を動かしたり、回転させたり、尾をばたつかせたり、激しく泳いだりして、貴重なカロリーを消費してしまう。その結果代謝率が急上昇し、冷たい川へ戻って食べ物を探さなければならなくなる。

 しかし、本当の危険はその川に潜んでいる。水は泉よりもはるかに冷たく、体を保護してくれるはずの脂肪が不足しているマナティーは、寒冷ショックやストレスの危険にさらされる。

 生息域や食べ物の減少、船との衝突事故、人間による干渉など、ただでさえマナティーを脅かす問題は増える一方だ。そこに、ナマズという新たなストレス要因まで加わった。

 マナティー(Trichechus manatus)は現在、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストで危急種(vulnerable)に指定されているが、保護団体は次の段階である絶滅危惧種(endangered)に引き上げるよう求めている。科学者たちは、危機感を持って解決策を模索している。

マナティーを助けるためにできること

 たくましいマダラロリカリアは、フロリダ州にすっかり定着し、根絶はほぼ不可能だ。バーチェム氏もギブス氏も、水中銃を使ったスピアフィッシングでナマズを捕ったことがあるが、ナマズはこうした試みにも適応することを学んだ。

 ナマズを捕らえようと泉に行った朝、姿が見えなくてもナマズがいることがギブス氏にはわかった。ナマズの糞が大量に浮かんでいたためだ。

 実は、ナマズたちは朝のうちに泉を離れ、夜になると戻ってきていた。まるで、夜なら漁が行われないことをわかっているかのように。

 ナマズの根絶が無理なら、マナティーの生活の質を向上させて、自分たちでナマズの問題に対処できるよう助けてやった方がいいのではないかと、ギブス氏は提案する。例えば、マナティーが安心して過ごせる温かい水域を確保し、保護する。たくさんのマナティーを支えられるだけの水位を維持する。そして、一部の水域で船の制限速度を設定する。

 約96%のマナティーには、船との衝突でできた傷がある。深く白っぽい傷は、治っては悪化し、また治っては悪化を繰り返しているうちに、人間の不注意を示す証拠としてマナティーの体に永久に刻み込まれる。

 マナティーの主な食料源である海草の保護と再生も優先課題だ。海草が生える多くの場所は、富栄養化によって破壊されている。陸上の栄養分が河川や海に流れ込む富栄養化は、有害な藻類ブルーム(藻類の急激な増殖)を引き起こす。ブルームは日光を遮るため、その下の海草は光合成ができなくなり、死滅する。

 他の問題が少なくなればなるほど、マナティーはナマズに対処しやすくなる。マナティーの生息する水域からゴミや廃棄された漁具を取り除くことも重要だ。

 ある年、ブルースプリングで自転車のタイヤが体にはまったマナティーが目撃されたことがあった。「何度も捕まえようとしたのですが、そのたびに逃げられてしまいました」と、バーチェム氏。翌年、再び姿を見せたときにはタイヤが外れていたが、体にはリング状の跡がくっきりと残っていたという。

文=Sruthi Gurudev/訳=荒井ハンナ

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