【毎日書評】小さくても危ない「善良な働き者」ではない「筋金入りのBADな外来アリ」の恐ろしさ

 幼いころに親しんだ童話「アリとキリギリス」の影響もあり、アリに“働き者”というようなプラスのイメージを抱いている方は少なくないかもしれません。弱くけなげ見えますし、他の昆虫にはない知的な社会的行動をすることも好印象。家のなかに入ってきて食べ物にたかるようなこともあるけれど、それも頻繁に起こることではなく、おしなべて好感度の高い虫だったわけです。

 ところが『世界を支配するアリの生存戦略』(砂村栄力 著、文春新書)の著者によれば、ここ数年は日本の社会におけるアリの認識が変わってきているのだそう。たとえば「アリ ニュース」と検索をかけると、従来のようにアリの興味深い生態についての話題は約半数で、残りは海外からやってくる「外来アリ」の侵入や被害に関するものが上位を占めるようになっているというのです。

 特に話題となったのは2017年に神戸港で発見されたヒアリで、このアリは人を刺す「殺人アリ」のように報道され、その後も新たな侵入が見つかったとか、関係閣僚会議が開かれた、別の新たな外来アリの侵入が見つかった、といったニュースが続いた。

 2022年には大阪伊丹空港敷地内へのアルゼンチンアリの侵入と近隣住宅地における家屋侵入・電気製品被害も話題となった。(「はじめに 変容するアリへの認識」より)

 そのため、私たちのアリに対するイメージは“善良なる働き者”から“恐るべき害虫”へと変わってきているということ。しかも外来アリのすごさは、普通のアリにはない社会性を進化させることによって得られた底なしの繁殖力にあるのだとか。また、人工的な環境にもよく適応し、私たちの生活圏内に入り込んでくるという特徴もあるようです。

 その頂点を極めたのが南米原産の「アルゼンチンアリ」だといいますが、ともあれ、もはや人ごとでは済ませられない状況になっている様子。そこで昆虫学者である著者は本書において、アリについての基礎知識から対抗する方法までを緻密に解説しているのです。

 ここでは、世界中の侵略的外来種ワースト100や、日本で特定外来生物に指定されているという種のなかから“筋金入りのBADな外来アリ”について探っていきたいと思います。

深紅の衝撃「ヒアリ」

 ヒアリは学名Solenopsis invicta(ソレノプシス・インビクタ)といい、ブラジルやアルゼンチンを含む南米を原産とするが、1930年代にアメリカ合衆国アラバマ州モービルに侵入し、その後同国南東部の州に広まった。

 本種は腹部末端に強力な毒針をもち、刺されると火傷をしたときのような鮮烈な痛みが走るため、fire ant(ファイアーアント:火蟻)と呼ばれている。体も炎を連想させる赤色をしている。(16ページより)

 開けた環境を好むため、民家の庭や公園の広場、農耕地などにアリ塚(巣)をつくるそう。住民や農作業者がうっかりアリ塚を踏んでしまうと、下から大量のヒアリが湧き出てきて攻撃を仕かけてくるため、多くの被害が出るといいます。

 アメリカでは20世紀半ば、ヒアリを防除するためにDDT(ジクロロジフェニルトリクロロエタン)をはじめとする各種薬剤が開発され使用されたものの、効果的に抑えることはできなかったそうです。そればかりか、かえって薬剤による環境へのダメージが深刻化したため、薬剤は使用禁止に。そのためヒアリは撲滅されず、被害や対策のため年間50億~60億ドルという巨額のコストが生じているそうです。

 問題はアメリカだけに留まらず、経済のグローバル化、アジアをはじめとする環太平洋諸国の経済発展に伴い2001年にはオーストラリア、ニュージーランド、2003年には台湾、2004年には中国でも確認され、2017年にはついに日本でも神戸港で小規模コロニーが発見された。(18ページより)

 日本政府は広域的な生息調査を行ったり、従来の外来アリ対策とはレベルの違う対応をとっているようです。そのため過去7年間、港湾の外への拡散を防げているといいますが、とはいえ今後の侵入リスクが去っていないのもまた事実。(16ページより)

ミクロの雷「コカミアリ」

 コカミアリ、学名Wasmannia auropunctataは中南米原産のアリで、名前に「カミアリ」と付くが、前出のアカカミアリが属するトフシアリ属(Solenopsis)とは類縁関係にない。そのため体のフォルムはヒアリ類(トフシアリ属)とは異なり、とくに体長が働きアリで約1.5ミリメートルと、アリ類の中でもかなり小型の部類に入る。しかし、ヒアリ類と同様に強力な毒を持ち、刺咬被害が顕著なため、「小咬み蟻」というわけである。(19~20ページより)

 世界各地の熱帯、亜熱帯地域、とくに島嶼(とうしょ=島々)に侵入し、独自の生態系への影響が問題になっているコカミアリ。たとえばガラパゴス諸島では、孵化したばかりのガラパゴスゾウガメを毒針で襲うことが報告されているのだといいます。

 東アジア地域では2021年に台湾、2022年に中国で定着が確認され、2023年には日本でも岡山県水島港と兵庫県神戸港で発見。国内で発見された個体群は駆除の対応がなされたものの、いよいよ今後の定着が危ぶまれている状況。非常に小さく、侵入しても初期段階で気づきにくいのも怖いポイントだといえそうです。(19ページより)

無冠の帝王「アルゼンチンアリ」

 アルゼンチンアリは学名をLinepithemahumileという。(中略)humileは「とるにたらない」という意味で、要は「しょぼいアリ」というかわいそうな名前がついたアリである。

 原産地はアルゼンチン、パラグアイ、ウルグアイ、ブラジルを含む南米で、現地にはハキリアリなどのように形態的にも生態的にもハデな特徴をもつアリが多くいるので、たしかにアルゼンチンアリにはぱっと目を引くような特徴はない。

 具体的には、体長約2.5ミリメートル、体はやや細長くて茶色、毒針や目立ったトゲなどはなし。(21ページより)

 特徴に欠けるからこそ、分類学者は「しょぼいアリ」と命名したのかもしれません。しかし、なめたらいけないと著者はいいます。南米の原産地ではメジャーな種のひとつとして普通に多く見られ、侵入地ではさらに爆発的な増殖力を示し、非常に活発に活動するため、踊るべき侵略者になっているというのです。(原文ママ)

 約170年前の1850年ごろから原産地の外に広がったアルゼンチンアリは、1900年までにはヨーロッパ大陸、アメリカ大陸、アフリカ大陸、1940年ごろにはオーストラリア大陸に上陸。最後に残ったアジア大陸は、1993年に日本、2019年に韓国に侵入し、五大陸に生息を拡大したそう。

 ちなみに派手な刺咬被害はないものの世界中でもっとも分布を拡大しており、温帯域の経済国を席巻しているのもアルゼンチンアリ。また日本の気候風土にもっともあい、今後広範囲で君臨する可能性も。そんな理由から、本書ではアルゼンチンアリを「無冠の帝王」と表現しているのです。(20ページより)

 先にも触れたように、生活圏内に侵食しつつある外来アリを、私たちは無視できない状況にあるようです。だからこそ本書を通じ、さまざまな知識を蓄えておくべきなのではないでしょうか。

Source: 文春新書

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