このままでは日本人の手で日本の漁業が滅びる

 昨年末、2024年度予算が閣議決定した。うち水産予算は前年度補正を併せて3169億円と、過去最高だった前年の3208億円(前年度補正含む)をやや下回るものの、3100億円台を維持した。18年度まで水産予算は2300~2400億円程度であったが、同年末に国会を通過した漁業法の改正に歩調を合わせ、予算は一気に増額した。

 漁業法の改正で目指されたのは、科学的な資源管理に基づく水産資源の回復と水産業の持続的な発展であると言える。これまで国が資源評価対象としていたのは計50魚種で、漁獲総枠(「漁獲可能量(Total Allowable Catch: TAC)」と呼ばれる)を決めて管理を行っていたのは8種に過ぎなかった。

 水産庁によると、資源評価対象を23年度までには200種程度に拡大(22年3月現在192種)するとともに、資源評価方法についても過去数十年のトレンドから「高位」・「中位」・「低位」と分類していた方法から、「最大持続生産量(Maximum Sustainable Yield: MSY」と呼ばれる世界各国および全世界の国際漁業管理機関で採用されている考え方に基づく資源評価に基づくものを増やしてゆくことが目指されている。また、MSYによる資源評価に基づき漁獲総枠(TAC)を設定する魚種も、漁獲量ベースで8割とすることが目標とされている。

 こうした水産政策改革を実現するためとして、予算が大幅に増額されたのである。資源管理のための予算は18年度は46億円であったものが、翌19年度は70億円、22年度は95億円と増額。このまま順調に増額が続くかと思われた。

増えたのは公共事業と漁業補助金

 ところが、24年度予算案で資源管理に充てられたのは、58億円と、水産改革以前の水準に近いところまで削減されてしまった。確かに23年度補正で49億円が積み増されているのだが、これは老朽化した漁業調査船「蒼鷹丸」の代船建造費用として特別に組まれたものであり、それ以外の資源調査自体に対する予算が増額しているわけではない。また、この補正予算を合わせたとしても、「資源調査・評価の充実と資源管理の推進」の費目が水産予算全体に占める割合は3%に過ぎない。

 代わりに大幅に増額されたのが、漁港の整備等に使われる公共予算、漁業者の減収時の損失補填のための補助金、燃油や飼料に対する補助金である。すなわち、18年度の水産公共予算は866億円だったものが24年度は30%増の1143億円に、「漁業収入安定対策事業」の費目の下に行われる漁業者への減収補填補助金(「積立ぷらす」と呼ばれている)は18年度の114億円から375%増の427億円に、「漁業経営セーフティーネット構築事業」の費目の下に行われる燃油・配合飼料に対する補助金は18年度の1.6億円から2375%増の385億円に増加し、これらだけで水産予算の6割以上を占めている(図1)。

補助金予算増額支える業界団体の声

 こうした予算の配分は、業界団体の強い要望が背景にある。以前の拙稿「『国破れても漁港あり』漁港予算確保の前にすべきこと」でも取り上げたが、水産土木に関しては、自民党の衆参両院議員144人によって構成される「漁港漁場漁村整備促進議員連盟」という「政」、水産庁漁港漁場整備部という「官」、同漁港漁場整備部長OBが一貫して歴代会長や理事長に天下っている「全国漁港協会」や「全日本漁港建設協会」という業界団体を核とする「業」という、典型的な「政官業のトライアングル」が成立している。予算の充実を訴える「業」の声を議員という「政」が後押しするという構図である。

 漁業者への損失補填と燃油補助も、業界団体が一貫して訴えてきたことである。海面漁業生産量は1982年をピークに低落を続け、2020年には7720億円と1980年代以降過去最低を記録した。2021年には8058億円とやや増加したものの、これは同年ホタテガイを中心に価格が回復したこと等によるもので、一貫して減少を続けている漁業生産量は22年、統計史上最低の289万トンを記録した。

 農林水産省「漁業経営に関する統計」によると、22年度現在沿岸漁船漁業漁家の漁労所得は僅か136万円である。漁獲と漁業収入の減少に対して業界団体が一貫して求め続けたのが、減収補填に対する補助金の増額であった。

「魚が人間の手で滅んだことはない」

 他方、資源管理予算については業界内から積極的に推す声はあまり聞こえてはこない。これまで対象が8魚種のみだった漁獲総枠(TAC)の導入についても、ようやく今月(24年1月)からカタクチイワシとウルメイワシの日本海・東シナ海に分布している系群(対馬暖流系群)が追加されることが決まり、7月からマダラの本州日本海北部系群への導入が予定されているにとどまっている。

 一部の漁業者・漁業団体からの反対が根強いからである。例えば水産庁は太平洋に分布している系群のカタクチイワシとウルメイワシに対してもTACの導入を進めようとしたが、「とにかくTACは反対」と反対の声が上がり、議論は停滞している。現行の漁業者間での自主ベースの管理で十分だ、上から資源管理を押し付けなくても大丈夫だ、などとする声が強いのである。

 こうした資源に対する楽観的見方は、業界団体のなかにもしばしば見受けられる。漁協の全国団体であるJF全漁連の会長は、新春座談会の席上で水産業の10年後の将来展望について問われた際、「魚資源は人間の手で滅んだことはない。マイワシのように、特に回遊魚は、獲れなくなってもどこかにいて回復する」「日本の漁業にはポテンシャルがあり、10年後は明るい」とした上で、「問題は、漁業者の年齢構造。若い人が入らなければ10年後には減ってしまう。就労促進が最大の課題だ」と分析している。確かに、「令和4年漁業構造動態調査」によると、漁業就業者のうち60歳以上の割合は48.76%とほぼ半分を占める。

 しかし、平均年収が136万円の業界に喜んで入ってこようとする若者は、一体どれだけいるのだろうか。家族どころか、一人で生活をしてゆくのにやっとという状態になってしまうではないか。

 年金と併せて釣りをしながら健康的な老後のスローライフを楽しむには十分かもしれないが、人は不老不死ではないので、若者の参入がない限り、漁業者は減少するのみである。農林水産省「漁業構造動態調査」によりと、漁業就業者が20万2880人とぎりぎり20万人を保っていた2010年、60歳以上は8万4520人とすでに41.66%に上っていたが、わずか12年後の22年の漁業就業者は12万3100人と、ほぼ4割も減少している。

魚が滅びる前に、人間の手で漁業が滅びる

 確かに、漁業によって特定の種が全く絶滅してしまうということはめったに目にかからない。それはなぜか。その前に漁業がなくなってしまうからである。

 その典型的な例が、カナダ大西洋岸ニューファンドランド沖のタラの例である。タラ漁業は過去5世紀にわたって行われてきたが、漁業技術の発展に伴い漁獲量は飛躍的に増加、1980年代には漁獲量は24万トンに達し、タラ漁業は約4万5400人の雇用を支えていた。しかし乱獲は資源の急減を招き、1992年には漁業モラトリアム(一時停止)が実施され、約3万人が仕事を失ったのである。

 カナダ政府は2003年に当該個体群を絶滅危惧種に指定、現在でもこの指定は解除されていない。確かにニューファンドランド島沖のタラは絶滅したわけではなく、カナダ政府の管理の下で資源は増加の兆しを見せている。しかしこのことは、乱獲によって資源が滅びてしまう前に、多くの漁業者が先に滅んでしまうということを示している。

 話は日本でも同じである。「ソーラン節」でも歌われているように、かつて北海道では膨大な量のニシンが獲れ、網元は豪華なニシン御殿を建て、まちは大いに潤った。しかし無制約な漁獲の後に資源は急減、ニシン漁の雇用の多くが失われた。

 近年ニシンの漁獲量はわずかに上向きつつあるが、往時にはまだ程遠い(図2)。サンマにしても、水産庁の統計によると08年には35万トンあった漁獲量が、22年現在は95%減の1万8000トンにまで落ち込んでいる。

 漁獲量が急減するなかサンマの回遊域は沖合に移動し、公海では他国も操業する。漁獲の低下にサンマ漁業者は苦しみ、サンマ漁業から離れることを検討しなければならない漁業者も現れている。

必要とされる予算の再配分

 漁業者の収入を増加させ、漁業を成長産業にするには、科学的な資源管理のもとに資源を持続的可能な形で利用し、減少した資源は回復を図る必要がある。そのためには、資源管理の基盤となる調査を充実させる必要がある。60億円弱では少なすぎると言わざるを得ない。水産改革を機に数百億円予算を増額しているのであるから、少なくともその半分程度は資源管理予算に回すべきではないのか。

 漁業者に対する補助金についても再検討が必要である。特に問題なのは公共事業とともに予算が膨張している漁業者に対する減収補填プログラムである。この事業では減収補填を受ける前提として、国・都道府県が作成する「資源管理指針」に基づき、漁業者(団体)が自ら取り組む資源管理措置について記載した「資源管理計画」を作成し、これを確実に実施することが前提となっている。

 確かに資源管理に真面目に取り組んだ結果として減収が発生したのであるならば、このプログラムに基づいて補填を図るのは趣旨に適っているが、問題は「資源管理計画」が一般には公表されておらず、果たしてそれが実効的であるのかが全く外から見えず、相当な割合の「資源管理計画」が形骸化し資源管理にはほぼ無意味なものとなってているおそれがある点である。本年度から「資源管理計画」は、全て公開が前提とされている「資源管理協定」に移行することが予定されている。予定通り移行を図るとともに、資源保護に関して明らかに不十分あるいは形骸化している内容の資源管理協定は改善を図る必要があろう。

 岸田文雄首相は「聞く力」を自らのアピールポイントとしているようであるが、少なくとも水産予算から伺えるのは、現政権の予算面での聞く先は、一部の業界団体に偏ったものとなっているに過ぎないという点である。

 わが国周辺の水産資源はわれわれの共有財産であり、一部の漁業者のものでもなければ、業界団体のものでもない。ましてや予算はわれわれ国民の税金から成り立っている。水産資源にかかわるすべてのステークホルダーに対する「聞く耳」を持った、持続可能な資源管理が水産予算を通じて図られるべきであろう。

真田康弘

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