米国でゴキブリをおさえてNo.1害虫に!日本各地で生息地を広げる「アルゼンチンアリ」のヤバい実態

ひとたび「巣」をつくれば駆除が超絶困難に
大群で押し寄せて家の電気機器を破壊し、仏壇の供物は真っ黒に……。
アリといえば一昨年「要緊急対処特定外来生物」に指定されたヒアリが有名だが、ひとたび巣をつくれば駆除が超絶困難になる「アルゼンチンアリ」が、日本各地で生息地を広げているという。

 世界規模で繁殖を続けるアルゼンチンアリについて、その生態・駆除研究で東大総長賞を受賞。現在は国立研究・開発法人「森林総合研究所」で害虫の駆除研究に従事している昆虫学者&写真家の砂村栄力(えいりき)氏に聞く。

◆170年かけて五大陸を制覇!

 アルゼンチンアリ(学名=Linepithema humile)に、特に目立った身体的特徴はない。体長は約2.5ミリと小さく、毒針やトゲを持つわけでもない。学名を日本語で意訳すると「しょぼいアリ」。なんともかわいそうな名前をつけられた、チンケなアリなのだ。

「原産地の南米には大型で強大な毒針を持つ『パラポネラ』、植物の葉を切り菌を育て、形態的にもトゲがあって特徴的な『ハキリアリ』、赤色のボディに毒針を持ち、大きなアリ塚を作る『ヒアリ』等、目立つアリがたくさんいます。

 その中では特別の武器もない、なんの変哲もない薄茶色のアリというイメージだったのだと思います。いわゆるモブキャラというわけです」(砂村栄力氏/以下同)

 しかしこのモブキャラ、しっかり「特定外来生物」に指定されている。大学時代にその存在を知り、研究するにつれてこの「しょぼいアリ」にのめり込んでいった砂村氏は、アルゼンチンアリをして「無冠の帝王」と呼び、今や畏敬の念を抱いている。それは一体なぜなのか。

「原産地はその名のとおり南米ですが、これまでの研究成果から、原産地の単一のコロニー(家族)の末裔がヨーロッパ、北米、アジア、オーストラリアと世界各地に広まり、地球規模のコロニーに発展していることがわかっています。このコロニーの分布拡大の歴史はおよそ170年以上前に始まり、その間、年に1回、次世代の女王が生まれるので、170世代ほど命をつないでいることになります」

 しかもこのアリは、自分がどこのコロニーの出身なのか、そのルーツをしっかり覚えているという。身体にコロニー特有の“匂い”があって、それをもとに仲間を識別。別のコロニー出身者に出会うと殺し合いの大喧嘩になるが、同じコロニー出身者同士が出会えばすぐに仲良しに。

「ヨーロッパ、アメリカ、日本等にいるこのコロニーの末裔同士は出会うことはありませんが、輸入して出会わせてみると、いまでもお互いを仲間として認識することができます」

 一般的なアリは繁殖期に新女王が巣から飛び立ち、他のコロニーの羽アリと交尾。新女王はそこで新たに巣を作り、出身の母巣との交流はなくなる。

 しかしアルゼンチンアリの場合、新女王は交尾を済ませてから働きアリを連れて、比較的ご近所に、徒歩でシレッと引っ越しをする。血縁関係が途切れないので母巣のアリとは敵対関係にはならず、自由に行き来して連携しあうようになる。

 そんな巣分かれはどんどん繰り返され、やがて数百mから数kmにおよぶ巨大な大家族状態にふくれあがる。スーパーコロニーの誕生だ。車に乗ってどこか遠くへ運ばれたとしてもみんな同じスーパーコロニーのままなので、各大陸では数百から数千kmにわたって単一のスーパーコロニーが広がっている場合が多い。

「アリは、一般的にはいくつもの部屋がきれいに分かれていちばん奥に女王アリの部屋があるような、しっかりとした巣を作るイメージだと思いますが、アルゼンチンアリはパパッと適当にトンネルみたいなのを掘って、そこにたむろしてる感じです」

 家作りは超簡単なので、引っ越し先でもすぐにご飯の調達に出発可能。しかも縄張り争いに費やすコストは大幅に低減されるので、その分のエネルギーを繁殖に投資できる。

「元々、原産地では河川敷に住んでいたそうなんです。そこは川の氾濫がよく起こるので、女王アリが1匹だけで遠くに新しい巣を作るといっても、頑張ってるあいだに流されて死んでしまう確率が高いから、『それよりはチャチャッと近隣に巣を分散させて、準備万端で行ったほうがいいよ。ある程度の距離に分散しとけば全滅は免れるから、ダメージが少なかった巣にみんなで避難しようよ』みたいな。そういうやり方が進化したようです」

 なるほど。話を聞くと、なんだか和気あいあいとして楽しげだ。しかし愛着など持っていられないほど、事態は深刻なのだ。

◆「アルゼンチンアリ」が侵入すると不動産価値が下落

 日本で最初にアルゼンチンアリが見つかったのは1993年。砂村氏が大学の講義でこのアリを初めて知った’04年には、山口県岩国市でものすごく増えて、住民が困っているという話が出たという。

「ほかの虫に比べると、アルゼンチンアリは駆除の方法が開発されていなくて問題も大きいということで、何かしら役に立つ研究ができるのではと思い、研究材料に選びました」

 では実際に、このアリが増えるとどんな問題が起こるのか、簡単にまとめてみよう。

◇生態系の撹乱:在来のアリが駆逐されて

 侵入地では在来のアリが駆逐されて、アルゼンチンアリだけになってしまう。砂村氏が神戸市で行った調査では、アルゼンチンアリがまだいない地点では13種のアリが見られたが、侵入地点では他に2種類がたまに見られるだけという状態に。在来アリがいなくなることにより、植物をはじめいろいろな生物が影響を受けると思われる。

「多勢に無勢で、1匹の在来アリを5、6匹で囲んで、脚や触角を引っ張って、ガリバーみたいに張り付けにしちゃうんですよ。それで毒をかけたり、ちぎったりしてやっつけてしまいます」

 在来種への影響は世界各地で見られ、アメリカでは在来アリを主食としていたトカゲが激減。また、ハワイのギンケンソウ、南アフリカのフィンボスなど、アリ以外の動植物への顕著な波及効果や懸念も報告されている。

◇農業の被害:ジャムの中に頭や脚の破片が…

 アルゼンチンアリはアブラムシやカイガラムシが出す「甘露」が大好物。甘露欲しさに害虫たちを天敵から守るため、増殖して作物に病気が蔓延し、ダメージが出る。また、畑に巣を作られるとニンジンなどの根菜類がかじられ、そこから二股に分かれたりして奇形化が進む。

「果樹ではイチジクの実の中に混入してしまうという事例も見ました。侵入地の方から自家製イチジクジャムをごちそうになったことがありますが、よく見るとジャムの中にアルゼンチンアリの頭や脚の破片が……。ミツバチの巣を襲ったり、花蜜集めを妨害することによる養蜂への影響も知られています」

◇生活環境における被害:ゴキブリをおさえてNo.1害虫に

 家屋侵入被害も多い。なにしろ数が膨大で、砂村氏の体感では在来種の5〜10倍はいるという。地中の巣だけでは収まりきらず、家の中まで入り込んでくるのだ。食べ物や供物に群がる、安眠妨害、ペットに咬みつくなどの迷惑行為に加え、電気機器も破壊する。

「本来触っちゃいけないようなところに入り込んで感電し、死骸がショートを引き起こしたりするみたいです。エアコンやインターホンの誤作動、照明器具のチカチカ、故障など、被害は甚大です」

 アメリカでは過去、アルゼンチンアリの侵入により不動産価値が下落。転居を余儀なくされた人もいるという。

「カリフォルニアではゴキブリをおさえてNo.1害虫のため、いちばん売れている殺虫スプレーはアリが大々的にフィーチャーされたイラストになっています。南アフリカでも同様です」

日本の気候は「ストライクゾーン」

 アルゼンチンアリの自力による分布拡大は1年にせいぜい50〜150mで、多くは車など、人為的な移動で遠方に飛び火していく。困ったことに、日本の気候は彼らにとってストライクゾーンなのだという。拡大は止まることを知らず、以前は分布がスポット的だった広島、山口の辺りも、今はずらりと一帯に広がってベルト状になってきた。

 現在、砂村氏が研究開発に携わっている駆除剤は自治体に向けて販売されている。拡散しきっていない日本では、地域的な根絶が大切だからだ。店頭にはまだ並んでいないというが、もしも今、我が家にアルゼンチンアリの魔の手が忍び寄ってきたら、どのように対処すればよいのだろうか。

「アメリカでは、アロマティックシダー(エンピツビャクシン)という木に含まれる成分に、アルゼンチンアリを寄せつけない効果があるという研究があります。チップ状にして庭に敷いたりして使われていますが、時間が経つと効果がなくなるようです。1シーズンもつかどうかでしょうか。また、巣を作りやすいのは植木鉢や石の下なので、なるべくそういうものを置かないようにするのもよいでしょう。外壁のコンクリートの割れ目などは丁寧に補修して埋めておくと、家への侵入予防に繋がります」

 一般的なアリとの見分け方だが、「最近やけに、動きの速い小さなアリが増えたな」と思ったらアルゼンチンアリの可能性が高い。1列縦隊ではなく、横に広がって絨毯攻撃してくるのも特徴だ。

 アルゼンチンアリに興味がありすぎて、駆除の方法を研究しながらもその姿を追って五大陸を巡り、ゴミ箱や他人の家の壁を撮りまくって、時には職務質問までされてしまう砂村氏(もちろん、建物の壁は許可を取って撮影している)。

 言葉の端々に、アルゼンチンアリへの愛のようなものさえ感じられてしまうのだが、今後、アリたちにとってどんな未来が来ることを望んでいるのだろうか。

「駆除しなければいけないところではありますが、絶滅はしないでほしいなと。できれば原産地で元気にやってくれればと思います。海外の他地域では、たとえばカリフォルニアやヨーロッパの地中海沿岸のように、もうどうみても根絶は無理だろうという場所もあります。そういった地域では、生態系への影響は与えないでほしいですが、うまく共存してくれるといいなという気持ちはあります。アルゼンチンアリも意図せず持ち運ばれてしまい、運命に翻弄されつつも一生懸命生きているわけなので、共存を可能とする道を探ってあげるのも、私たち人間の責任といえるかもしれません」

▼砂村 栄力(すなむら・えいりき)昆虫学者・写真作家。東京大学大学院にてアルゼンチンアリの生態および駆除に関する研究を行い博士の学位を取得(東京大学総長賞受賞)。その後、住友化学株式会社での殺虫剤の研究開発を経て、現在は国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所にて害虫の駆除研究に従事(林野庁出向中)。専門とするアリやカミキリムシなどの外来生物を材料に、生態の記録や美術作品の制作を行っている(田淵行男賞写真作品公募 アサヒカメラ賞受賞)。日本自然科学写真協会会員。東京大学非常勤講師(昆虫系統分類学)。共著に『アルゼンチンアリ 史上最強の侵略的外来種』(東京大学出版会)、『アリの社会:小さな虫の大きな知恵』(東海大学出版部)などがある。

取材・文:井出千昌

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