「池の水」を抜く前に考えてほしいこと 科学記者が伝えたい「生き物」との付き合い方(レビュー)

小坪遊・評「生き物の「地雷」を踏まないために」
「池の外来種をやっつけろ」「カブトムシの森を再生する」「鳥のヒナを保護したい」こうした善意が悲劇を招いている可能性があるという。人間の自分勝手な愛が暴走することで、より多くの生き物が死滅に追い込まれ、地域の生態系が脅かされる実態を調査した新書『「池の水」抜くのは誰のため?』が刊行。悪質マニアや自称プロの暗躍など、知られざる“生き物事件”の現場に出向いて徹底的に取材した朝日新聞科学医療部記者の小坪遊さんが自著を語る。


「子どもが拾ってきた野鳥のヒナを保護する」「貴重なチョウを増やすために草を買ってきて植える」「川をきれいにするためにコイを放つ」――。こうした生き物を「大切にする」活動を目にしたり、実際にやってみたりしたことは誰しもあるのではないでしょうか。
 優しさや、善意が伝わってくるような活動ばかりです。リタイア後の地域貢献や、企業のCSRなどにもよさそうです。
 ですが、そういう活動は、ほぼ間違っていると言っていいでしょう。もしこうした活動に取り組んでいる人、これからやろうとしている人は、ちょっと立ち止まって下さい。そこには、危険な「地雷」がたくさん埋まっています。
 私は、貴重なチョウを増やしたいとか、野鳥を助けてあげたいという優しい気持ちを否定するつもりはありません。ただ、目の前の命を救ったことが、周囲の環境や生態系に影響を与え、思わぬ事態を引き起こす原因になる可能性があるのです。人間社会でも人づきあいのマナーを学ぶ必要があるのと同じように、生き物に対しても付き合いのマナーを知ることが必要なのです。
 では、冒頭の例をはじめ、生き物と付き合っていく上で、間違いやすいポイントは何か、「地雷」を避けるには、どんなことを考えたらいいのか。それがこの本の中身になります。
 ですから生き物の本といっても、この本は結構地味です。最近売れ筋の図鑑や事典のように、珍しくて派手な生き物や、最先端の生物学の研究、ユニークな研究者はほとんど出て来ません。ただし、大型哺乳類から絶滅が危惧される希少魚類、カブトムシ等まで様々な生き物を網羅、知られざる「生き物事件」について関係者の証言もまじえて紹介しています。「知らずにやってしまった」という人だけでなく、自分勝手な生き物「愛」をこじらせ、ダークサイドへ堕ちた人々のエピソードも登場します。
 読み進むうちに、聞きたかったのに聞けなかったこと、耳にしたことはあるけどよくわかっていなかったことに出会えるはずです。「外来種は悪者か?」という疑問に答えられますか? 大人気番組で認知度が上がった「池の水抜き」は本来、誰のため、何のためにしているのか知っていますか? 「生物多様性」はなぜ必要なのでしょうか? 
 こうしたことをぜひ知って欲しいのは、生き物との付き合い、しかも私たちのごく身近なところでの生き物づきあいが、実は私たちの暮らしや社会、将来と密接に関わっている、と日々の取材から痛感するようになったからです。今は「知らなかった」でも大丈夫です。責めません。ですから、この本を開いてみて下さい。きっと考え方や見方が覆り、新たな発見もあるはずです。
[レビュアー]小坪遊(朝日新聞科学医療部 記者)
新潮社 波 2020年11月号 掲載
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