■世界遺産目指せば湖水利用に新規性
富士山の世界文化遺産登録問題で、富士五湖が含まれるのかどうか、地元が揺れている。資産入りすると、新たな規制強化で湖水利用が制限され、営業活動ができなくなるのではないかーなどと観光業者らの不安は大きい。遺産登録か、生業の場か。関係者の間で模索が続いている。(牧井正昭)
「河口湖だけでも3万人が恩恵を受けて暮らしている。湖を使う権利もある」。河口湖観光協会の中村徳行会長はそう訴える。
遺産登録にあたって、法的な基本となるのは文化財保護法。湖面に文化財保護法の網をかぶせた場合、「現状変更には許可が必要となる」(文化庁)。具体的には、例えば桟橋の付け替え案件も「文化財審議会にかけることになる」といい、住民らは「規制が強化され、湖での商売がやりにくくなるのでは」と心配している。
規制強化で湖面が使えなくなったら…。
河口湖北岸でボートハウス、民宿を経営する渡辺一孝さん(52)は言う。「死活問題。そうなれば、貸しボート営業、生活ができなくなる。だれが補償してくれるのか」。
河口湖ではバスフィッシングが盛んで、湖畔には大小20軒前後の貸しボート店がある。3年前に民間団体がバス釣りによる経済効果を試算したところ、年間30億円を超える効果が地元にあった。
湖周辺のコメづくりへの影響を指摘する声もある。それは(1)文化財保護法で現状変更が難しくなると、水位を維持しなけれならない(2)水位の変動を引き起こす可能性がある田んぼへの湖水利用ができなくなるーとの想定。河口湖の湖水を揚水して田畑で利用している「大石土地改良組合」(組合員230人)の堀内武光理事長(76)は「困る。生活がかかっている。文化遺産などにならなくてもいい。生活をかけてコメをつくっているんだ」と憤る。
県の地元への当初説明は、「主に富士山5合目以上とふもとからの登山道を資産に指定する」という内容だった。その後、世界遺産を指定する国連教育科学文化機関(ユネスコ)のハードルが高くなっていることを主な理由として、8月2日の世界遺産に関する県の推進協議会で示された文化庁の意向は「富士五湖を加えないと、ユネスコに理解されない」。生活の場を失いかねない見通しに、住民らに動揺が広まった。
富士五湖のうち4湖を抱える富士河口湖町の小佐野常夫町長は、打開案を持っている。「湖からの眺めを文化的景観とする。河口湖が逆さ富士の名勝地ならば、それは文化的景観であり、文化財のカテゴリーを持つ」。つまり、景観を文化財と位置づける方法だ。ただ、こうした考えを国や県が受け入れるか。今後の協議にゆだねられる。
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平成16年に世界文化遺産登録された「紀伊山地の霊場と参詣道」(三重、奈良、和歌山の3県)。和歌山の辻林浩・県世界遺産センター長によると、従来の自然公園法以上の規制が加わることはなく、林業経営者に対して、植林から手入れ、伐採までのサイクルそのものが「文化的景観」に当てはまるとして、沿道など一部を除き、伐採は問題ないと説明し理解を得た。
富士五湖の周辺住民が懸念する新たな規制について、辻林センター長は「例えば、湖の内側を登録対象にするなど、実現性のある方法を探ってみたらどうか」と提案する。「紀伊山地」の場合、世界遺産対象になった熊野川は氾濫(はんらん)しやすく、規制によって河川整備に支障が出る可能性もあることから、登録対象を川の中央部分に限定するなど工夫をして認められた。
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■文化庁記念物課の話「富士五湖は富士箱根伊豆国立公園として、自然公園法による規制の対象となっている。世界文化遺産登録にあたっては、文化財保護法に基づく条件が新たに必要となる。地元県を中心に協議していく」
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▼富士五湖
富士山(標高3776メートル)北部の山梨県側に点在する湖で、山中湖(山中湖村)▽河口湖、西湖、精進湖(いずれも富士河口湖町)▽本栖湖(富士河口湖町と身延町)の5湖。富士山の噴火でせき止められて誕生し、富士箱根伊豆国立公園に指定されている。5湖周辺には温泉、宿泊施設やキャンプ場が多く、避暑地としても知られる。
▼世界遺産
世界中の国や地域の文化財や自然を人類共通の遺産と考え、保護を目的に1972年にユネスコ総会で採択された世界遺産条約に基づき登録された遺産。この中には文化、自然、複合の3種類があり、日本国内の文化遺産は、奈良・法隆寺の仏教建造物、岐阜・富山の白川郷合掌造り集落など11カ所ある。自然遺産は北海道・知床など3カ所が登録されている。
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≪富士山の世界遺産登録に向けた動き≫
【平成5年】
屋久島(鹿児島県)、白神山地(青森、秋田県)が世界自然遺産に登録。山梨、静岡両県で富士山の世界自然遺産登録県民運動が始まる
【平成12年】
文化財審議会の世界遺産条約特別委員会が暫定リスト追加物件を審議(9月)。「紀伊山地の霊場と参詣道」などを暫定リストへ登載すべきと答申。「富士山は顕著な価値を有する文化的景観として評価でき、早期に世界遺産に推薦できるよう要望する」との付帯意見を提出(11月)
【平成15年】
国の第1回世界遺産候補検討会で暫定リストに掲載すべき候補を検討。自然遺産としての富士山の掲載が見送られた。理由は人為的改変、ごみ・し尿問題(3月)当時の山本栄彦知事が文化遺産としての登録を目指すと表明(6月)
【平成17年】
中曽根康弘元首相を会長に「富士山を世界遺産にする国民会議」が発足(7月)
山梨県庁内に世界文化遺産登録プロジェクト設置(9月)
【平成18年】
山梨県は登録エリア素案を関係市町村に提示(1月)
山梨、静岡両県学術委員会が素案検討開始(6月)
両県知事が素案を文化庁へ提出(11月)
【平成19年】
文化庁は富士山を暫定資産候補リストに掲示(1月)
国はユネスコ世界遺産センターへ暫定リストを提出(1月)
第31回世界遺産委員会で世界遺産審査対象に決まる(6月)
Posted by jun at 2007年09月05日 13:30 in 内水面行政関連