関西の水上スポーツのメッカ、琵琶湖。年間を通じて多くのレジャー客が訪れる一方、水難事故も後を絶たない。近江舞子水泳場など管内に多くの水泳場を抱える大津市消防局は、増加する琵琶湖での水難事故に対応しようと、平成28年10月、「水難救助隊」を発足させた。琵琶湖では場所によって水中や湖底の状況が違い、それに合わせた救助法が求められ、隊員たちは日常業務のかたわら厳しい訓練を続ける。「海猿」ならぬ「湖猿」たちの活動をみた。(北野裕子)
冷たい風が吹きつける12月初旬、大津港(大津市)で水難救助隊の訓練が行われていた。
「琵琶湖特有の救助法に取り組んでいます」。弓坂則行隊長(51)は説明する。日本一大きい湖、琵琶湖に面し、南北に長い大津市。北と南では湖の性格が違う。
毎夏、多くの遊泳客を集める近江舞子水泳場などがある市北部の湖(北湖)は、水が比較的澄んでおり透明度が高い。ただ、南部(南湖)に行くと透明度はかなり下がる。水中で伸ばした自分の指先が見えないほどで、視界は真っ暗という。湖底にはヘドロや水草もあり、高さ3メートルほどの藻をかき分けなければならないときも。懐中電灯の光を頼りに、目をこらして救助者を見つけなければならない難度の高い任務で、対応を間違えると自らの身にも危険が及ぶ。
南湖では、目撃者の情報などから行方不明になった地点にめどをつけ、目印となるブイを湖上に浮かす。ブイから伸びたロープをつたって1人が湖底に降りたあと4、5人が続き、隣の隊員が見える位置でロープを握る。視界が悪いなか、仲間を見失わないためだ。そして湖底を歩くか泳いで救助者を捜すという。
一方、北湖は湖底がすり鉢状になっており、途中から急に深さが増し、底なし沼のような状態になる。隊員たちは岸から入り、ロープを握り合いながら水中の坂道を降りていく。「チームワークが大事。実際に潜って湖の特性をつかむことは欠かせない」という。
同市消防局が平成27年に出動した火災や交通事故なども含む救助件数は231件で、このうち水難救助件数は21件と9%を占めた。全国の消防の平均4・44%と比べると、2倍以上だ。県内の水難救助件数のなかでも、3分の1は同市消防局管内となっている。こうした状況を受け、発足したのが水難救助隊だ。これまでは水難事故が発生すると、技術をもつ人間を招集して救助活動にあたっていたが、固定メンバーを集め組織化した。志願で集まった46人がメンバーで、潜水士の資格取得が必要条件。技能によりランク分けされ、訓練を重ねている。
メンバーは、普段は各消防署などで勤務し、火災現場での消火活動や救助活動にあたっている。危険な場面には何度も遭遇しているが、弓坂隊長は「水中の救助はまったく異なる。緊急事態への対処を誤ると、命を落とす危険につながりかねない」と話す。水中では予想もしないトラブルが起きる。水流に巻き込まれて自分も流されたり、ゴーグルが急に外れて視界がなくなったり。必死でもがく救助者に抱きつかれ、身動きができなくなることも。「ストレスがかかったなかでどれだけ冷静に泳げるか、救助者を発見できるかが大事」という。
訓練は想定外の事態への対処にも力点を置く。潜っている際に足につけるフィンをなくしてしまった場合、酸素ボンベをいったん取り外して、障害物などのある狭い空間を通り抜け、顔を水上に上げずシュノーケルだけで数十分間泳ぐ。ときには、指導役が、水中で隊員の鼻と目をおおうゴーグルを突然はぎ取る、という手荒な訓練もある。ゴーグルが外れても、これまで通り口にくわえたボンベから息を吸い、焦らず対処するのが正解だ。
とはいえ、濁った南湖では突然外れたゴーグルに、大抵はパニックになる。汚れた湖水が目に入り、鼻は剥きだし。思わず鼻から息を吸い込もうとして湖水が流入し、呼吸ができなくなることも。こうした想定外の事態にいかに冷静に対処できるかが、救助者自身の身を守ることにつながる。1年の訓練期間を経て適性がないと判断されると、メンバーから外れることもあるという。指導員は心を鬼にして臨む。
隊員の1人、長戸敬介消防士長(37)は7年前から水難救助活動に携わっている。水泳には自信があったが、初めて救助で琵琶湖に入ったときは「非常に視界が悪く、かなりストレスを感じる環境だと思った」と振り返る。「隊員にいつ事故が起きてもおかしくない。もっと救助の技術や知識を向上させて、緊急事態が発生したときは最後の砦(とりで)として救助者を救えるようにしたい」と話す。
生存者を救助するばかりでなく、水中で力尽きた人を「収容」しなければならないこともある。救助隊として最もつらいときだ。それでも「遺体をご遺族に渡せるように」という思いで取り組んでいるという。日本一の湖を守る同市消防局の水難救助隊は、水中での救助技術などを競う消防の全国大会で優勝したこともある弓坂隊長を始め、全国でも有数の技術を持った人材が集まっている。「水陸両用」のファイアマンたちの活躍は続く。
Posted by jun at 2017年01月09日 12:05 in その他のニュース, 内水面行政関連