● 十和田湖より大きいのになぜ? 青森県民も知らない“秘境の湖”
しらうお漁獲量日本一を誇る、青森県東部に位置する小川原(おがわら)湖。「周辺を八甲田山系の豊かな自然に囲まれた湖は、海水と淡水が微妙に交じり合う汽水湖。ミネラルをたっぷり含み、豊富な水産資源に恵まれているんです」そう語るのは青森県東北町・小川原湖漁業協同組合の市場課・生産課課長の鶴ヶ崎昭彦さん。
全国一の漁獲量である、しらうお、わかさぎ、そして大和しじみや、天然うなぎ、もくずがになど、小川原湖の多種多様な魚介類が、古くから地域の生活や文化を支えてきた。多くの水産物が獲れるため、「地元では宝湖とよばれています」と鶴ヶ崎さんは胸を張る。
じつは小川原湖のことを、まったく知らなかったのだが、どうやら凄い湖らしい。
ところで小川原湖の大きさは、青森県内にある十和田湖や十三湖の次くらいでしょうか?
「とんでもない! 」鶴ヶ崎さんの声が大きくなる。「次もなにも青森でいちばん大きい湖です! 東北地方でも猪苗代湖の次に大きい。日本で11番目に大きいんですよ!! 」
いきなりの「大きい」三連発。面積は63.2キロ平方メートル。浜名湖並みである。小川原湖は大きいのだ。
す、すみません…。
鶴ヶ崎さんが「ですよね…」と、ため息をつく。「全国的に知っている人も少なければ、実は青森県民でも小川原湖を知らない人がいるんだよね。県民ですら湖の名前を読めないし、書けない。こがわらこでもなければ、小河原湖でもないし」と、あきらめ顔。そもそも周囲には観光スポットはなく、八戸エリアから、青森エリアへの「通過地」。過去には「知事まで存在を忘れていた」というエピソードまであるらしい。
じつは小川原湖には、湖でありながら、れっきとした住所まである。
「小川原湖191番地」。
住所もあって県内一、日本でも大きく、資源の宝庫、さらには漁獲量日本一の魚がいるのに「秘境状態」。
誰も知らない宝の湖。
このあまりの「知名度のなさ」が、小川原湖の漁業にとって深刻な問題となっていたのである。
● 知名度がなさすぎで しらうおの値下がりが止まらない!
高級魚であるしらうおは、かつては主に、料亭や割烹へ卸されるため大変高値で取引されていた。バブル時代には漁師たちも、それはそれは数々の豪遊伝説があるくらい、潤っていたという。
ところがバブル崩壊。接待で使われるような高級店からの、購入は激減。
そして、しらうおバブルもはじけてしまったのである。
「あのころが夢のよう。最近は1キロ1000円台です」
大きな収入源だった、しらうおの価格暴落で漁師の所得は激減だ。
そのほかの水産物も、知名度のなさが災いした。質も高く素晴らしいにもかかわらず、「県内ですら満足に認知されていない。小川原湖の魚だからと買ってくれる人が少ないんです」と鶴ヶ崎さん。
小川原湖は、しじみも特産品だ。徹底した資源管理が行われ、しじみ漁は基本的には動力の使用が禁止されているため、とても手間がかかる。しかも組合では「約15mm以上のしじみ」のみを漁獲。「食べるしじみ」をキャッチフレーズに、採貝まで4年の月日を要した、大粒で品質の高い立派なしじみを販売しているのだ。
しかし、一般的によく知られているのは「十三湖のしじみ」。知名度のない小川原湖のしじみは、なかなか各地で脚光を浴びることがない。
小川原湖ではそもそも、豊富な水産資源を守るための試みが積極的に行われている。しじみだけでなく、しらうお、わかさぎも資源管理を徹底し、年に1度は組合員で湖畔全体の清掃活動も行うなどきわめて環境保全につとめ、地域の宝として、とても小川原湖は大切にされている。にもかかわらず、魚の買い取り価格は下がる一方だ。
もっと知名度を上げなければ「しらうおミクス」の日々は訪れない。
小川原湖のブランド力を強化するために選ばれた魚は、やはり小川原湖を支え続けてきた「しらうお」だった。
しかし、またまた問題があった。しらうおは主に高級魚として料亭などで提供され、産地が少なく鮮度落ちが早いため、一般的にスーパーで見かける機会が少ない。よって、庶民にとっては「知名度の低い魚」。なんだか「小川原湖を彷彿とさせる」魚だったのである。
● 「しらうお」と「しろうお」は全然違うのに それさえ知られていない……
筆者も考えてみれば「しらうお度」は、非常に低い。おそらく食べるのは年に1、2度。しらうおに遭遇したシーンはどこかと考えると、もちろん家であることは皆無で、寿司屋の軍艦巻きの上にいるシュッとした姿、あるいは、卵とじの中の白くびよーんと長い姿は思い浮かぶものの、肝心のその味を思い出せない。そもそもあとは、どんな食べ方があるんだったっけ……。
あ! そうそう「しらうおの踊り食い」は福岡で見ました。
「違う違う、それは、しろうお! 」と鶴ヶ崎さん。
し「ら」うおと、し「ろ」うお。「ら」と「ろ」では全然違うシロモノなのだ。
しらうおについて、これまであまり真剣に思いを巡らせたことがなかったが、世の中には「しらうお」と「しろうお」がいる。
しらうおは、サケ目シラウオ科シラウオ属。産地は主には東日本。体長は約10cm。しろうおは、スズキ目ハゼ科シロウオ属。こちらの産地は、主に西日本。体長は5cmくらい。一般的に踊り食いされているのはこちらで、しらうおと、しろうおは全然別モノである。しかもあろうことに、どちらも「白魚」と表記することもあり、いたって紛らわしい。
「よーく見てみて」
鶴ヶ崎さんが獲れたばかりの、しらうおを下敷きの上において、びろーんとのばした。
上から見る。
「頭がヒュッと、とがってる。これは、しらうおの特徴。しろうおは丸い」。
横から見る。
「背びれの後ろに脂びれがある。これがしらうお、しろうおにはない」。
おそらく人生で初めて、まじまじ見つめるしらうおはガラスのペン先のようだ。パッチリした目、クリスタルのような輝きで、細長い身体は尾びれの前でくびれ、すらっとした美しいフォルム。上から見ても横から見ても美しい。
やはり「美人のしなやかな指」をたとえるなら、ずどん丸みがかかった「しろうお」でなく、すらっとした美しいラインを描く「しらうお」。ネイルが似合う手タレはしらうお。見分け方はコレである。
● 「しらうお」は「しらす」ではありません! 必殺“釜揚げしらうお”大作戦を決行
しかし、「しらうお」「しろうお」の間違いは、まだいいほうだ。
「しらすと間違える人がいるからね。しらうおはイワシじゃありません」と鶴ヶ崎さん。
「それともう、慣れましたけど、多いのがこんな質問ですね」
「ところで、しらうおは大きくなったらなんになるの? 」
「サケにもマグロにもなりませんよ。しらうおは、しらうおですから」
しらうおには幼形成熟という特徴があり、その姿は成魚になっても変わらない。しらうおは、なにかと説明が必要な魚なのだ。
とにかく、セレブ相手でなく「一般ピープル」に、しらうおファンを作らなければ道はない。しらうおのメジャー化が大きな課題だったのだ。
そこで組合では、消費量低下、魚価低迷の突破口として加工品が作れないかと考えた。「漁業の6次化」である。同組合会計主任の細井崇さんは「消費者が取扱いやすい商品に加工して販売することで、しらうおの知名度を上げ、ひいては小川原湖の魚が選ばれるようになればと考えたのです」と語る。
全国的にはあまりメジャーではないしらうおも、地元では大変愛される魚だ。「みんな大好きですし、よく食べます。このあたりでは、ごく普通の魚です」(細井さん)
定番の食べ方は刺身。うずらの卵を添えて、しょうゆをかけて食べることが多い。そしてかき揚げや、つくだ煮。
また、しらうおを干して、煮干しのようにして、つまみとして食べるのもポピュラーだ。鮮度落ちの早いしらうおを、多くの人に手軽に食べてもらうためにどうしたらいいのだろうか、と試行錯誤するなかで、この煮干しを作るときに、軽くゆでたものが美味しかったことから、しらうおの釜揚げを思いついた。そして昨年、水揚げ直後のしらうおを釜揚げにした新商品「釜揚げ白魚」が完成した。
「釜揚げ白魚」は、ふっくらした食感、やさしい甘みがある豊かな風味で、調味料をつけなくてもとても美味しい。食べてみれば、絶対にしらすとは間違えないはずだ。
● “美人薄命”な鮮度落ちを解決 急速冷凍でしらうおにも春が!
釜揚げしたしらうおも、もちろんとても美味しいのだが、漁師たちが最も美味しいと言うのは刺身。獲れたてを丼にいれて、しょうゆをかけてワシワシ食べるのが「いちばん旨い」という豪快な人もいるほどだ。
組合では現在23隻の船が、しらうお漁を行っている。漁期は資源管理のため、9月1日から3月15日までと、4月21日〜6月20日まで。産卵期の漁は禁止され、操業日は平日4日、漁獲量は船ごとに1日40キロと決められている。
しらうお漁の船は7時ごろ出船する。目指す漁場に到着するとしらうおを傷つけないように目の細かい特殊な網や、道具を使って船曳漁を行う。5、6人ほどのチームで円形に網をまいて、掛け声をあげながら両端を引き寄せる。約40キロを持ち上げ、昼までに、1度の漁でこの作業を4回ほど繰り返す。水温が下がると、しらうおは深く潜る習性があるため、とくに冬の漁は重労働だ。
網で引き揚げられたばかりのしらうおは、透明の身体が太陽の光を浴びて虹色に光り、とても美しい。しかし、しらうおの鮮度落ちの速さは、驚くほど早い。生きているときは透明だが、空気に触れると次第に白く色が変わりはじめ、水揚げ後には多くが死んでしまう。繊細なしらうおは命も儚い。「美人薄命」なのだ。
よって1回網を上げるたびに、しらうおを付属船に乗せて猛烈な勢いで港へ向かい、市場でセリにかけられる。
組合の事務所で、水揚げされたばかりのしらうおをいただいた。透明な身体にザッとしょうゆをかけて食べる。「うわっ! 」。思わず声をあげた。
食感は弾けるようにコリコリ、プリプリ。噛むと、みずみずしくジューシーで、とろけるような旨み、そして口の中にほんのりした清々しい甘みが広がる。これまで食べたことのない味わい! しらうおの概念が変わった。漁師たちが「しらうおの刺身」を絶賛するのもよくわかる。初めて、しらうお本来の味を知ることができた。
しらうおをイキのいい透明の状態で食べられるのは、まさに地元ならではの特権だったが、組合ではこの獲れたての美味しさを伝える商品も開発した。水揚げから2時間以内に洗浄、選別し、急速冷凍する工程を確立。全国でも数少ない冷凍しらうお商品「生白魚」が誕生した。解凍すれば再び透明になり、水揚げ直後の歯応えと味わいが家庭でも楽しめる。この組合で開発された「生白魚」、「釜揚げ白魚」はともに50gで680円だ。
筆者も我が家の忘年会で、「生白魚」を流水解凍。透明に戻ったしらうおは、水揚げ直後に食べた、あのプリプリ、コリコリした弾力が見事に再現されている。友人たちには「しらうおってこんなに美味しかったの! 」「しらうお、美しすぎ! 」とビジュアル含めて大好評。つまみにもよし、手巻き寿司の具にしてもバツグン。初めての「家庭内しらうお」は食卓をキラキラと輝かせてくれた。
「生白魚」は10月には都のスーパーで販売され好評を博した。手応えを感じた組合では、来年度より本格的に販売をスタートする予定だ。「全国のしらうおの水揚げの7割が小川原湖。この商品をきっかけに小川原湖のことをもっと知ってもらって、小川原湖の幸をもっと食べてもらえたら」と細井さんは意気込む。
<取材にご協力いただいた方>
■小川原湖漁業協同組合
http://www.jf-ogawarako.com/
池田陽子
Posted by jun at 2014年12月23日 10:59 in 魚&水棲生物