今年10月に名古屋市で生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が開かれる。今年までに失われる生物多様性の損失の速度を止めるとした目標は達成されなかった。会議では2010年以降の「ポスト2010年目標」を定めるが、重要な焦点の一つとして浮上するとみられているのが海洋生物の保護だ。クジラやクロマグロで矢面にたった漁業国・日本は、COP10議長国としてどういった役割を果たさなければならないのか。「漁業には環境問題としての視点が重要」。このほど来日した欧州連合(EU)議員、イザベラ・ロヴィーン氏はこう訴えている。
■沈黙の海
「将来、クラゲのサンドイッチ、植物プランクトンのスープしか飲めなくなる、そんな時代がくるかもしれない。それでよいのでしょうか」
スウェーデン大使館(東京)で開かれたシンポジウムで、イザベラ氏は会場にショッキングな問いを投げかけた。
かつて「海の魚は尽きることがない」と考えられていたが、漁業の大規模化とともに枯渇化が懸念されるようになってきた。イザベラ氏が2007年に母国・スウェーデンで出版した「沈黙の海」は、海洋資源の枯渇化について警鐘を慣らし、ベストセラーになった。
1980年代、バルト海で年間70万トンあったタラの漁獲量が漁船の大型化などを背景に、90年代には7分の1の10万トンにまで減少。個体群を維持するために必要とされる量を大きく下回ることになった。
「漁業は食の問題と考えられがちだが、環境問題としての視点が重要ではないでしょうか」とイザベラさんは話す。
■崩れる海の生態系
タラの数が減って海に何が起こったのか。
スウェーデン近海ではアオコ(植物プランクトン)の大量発生に悩まされるようになったという。
その仕組みはこうだ。
タラのように食物連鎖の頂点にある大型の肉食魚がいなくなると、タラのエサになるニシンなどの魚が増える。すると、そうした魚がエサにしていた動物プランクトンが減る。さらに、動物プランクトンがエサにしている植物プランクトン(アオコ)が大量発生してしまう。結局、海には植物プランクトンと、プランクトンを餌にするクラゲが大量発生するというのだ。
食物連鎖のトップにいる魚はタラだけではない。マグロやメカジキ、サケなども乱獲により生息数が減ると同様のことがいえる。特に、閉鎖系の海や湖では、この食物連鎖の破壊の影響が顕著に現れる。
日本でも近年、クラゲの大量発生が問題になっている。昨冬はエチゼンクラゲの漁業被害が最悪の規模だった。大量発生は、中国・黄海近辺の開発による環境汚染と、底引き網などの大規模な操業による魚の乱獲による影響が指摘されている。
■似ている日本の水産状況
「ヨーロッパは水産資源の9割近くを漁獲しており、対象となる漁業種の3割は生物学的に安定とされる水準を下回っている。漁獲量は10数年前と比べて26%減少している。その一方で、輸入量は増加している」
欧州委員会がこういった報告書をまとめた。
これは、日本の水産資源状況と少なからず似ている。
水産白書によると、資源評価している日本近海の魚の4割が低水準にあるという。特に目立つのがマサバやマイワシの枯渇。環境悪化や沿岸域の干潟などの減少、乱獲などがその原因として挙げられている。国は資源回復計画として漁獲量の規制や減船などを行っているが成果が上がっているとはいえないのが実情だ。
その一方で、築地市場に代表されるように、日本には世界中から魚が集まってくる。築地の規模、迫力はまさに世界一で、外国人観光客らの観光スポットになるほどだ。
ただ、日本の魚の消費自体は、食生活の多様化とともに減少傾向にある。マグロ全体でみれば輸入量、国内生産量とも減少している。しかし、ワシントン条約締約国会議で地中海産クロマグロの国際商業取引を禁止するかどうかについて、世界最大の消費国・日本が矢面にたったことが記憶に新しいが、トロの消費は伸びている。
■魚は保護すべき生物か資源か
1970年から36年間の間に野生の脊椎(せきつい)動物(魚類、両生類、爬虫=はちゅう=類、ほ乳類)の数が平均約3分の1に減った−。生態系を守るために設定された21の指標のうち、世界的に達成されたものは一つもなかったと、条約事務局は結論づけている。
その理由の一つとして、目標に具体的な数値目標が掲げられなかったことが挙げられる。このため、条約事務局はポスト2010年目標の事務局案の個別目標に、「陸や海の保護区の面積を全体の15%以上」「森林の損失や劣化を半減」といった数値目標を入れた。漁業については「乱獲による圧力を半減させ、破壊的な漁法をやめる」という内容が盛り込まれており、論点となるとみられている。
環境団体「バードライフ・アジア」のクリスティー・ノザワ代表は「海洋生物多様性の保全に関する視点が全体として足りない」と指摘する。
イザベラ氏は「種の保全、環境という観点を漁業に入れる必要があるのではないか。COP10議長国・日本に期待したい」と語った。
会議には193の国・地域から8000人を超える人が集まり、日本で行われる最大規模の国際会議になるとみられる。開催地が海洋国・日本であることから、海洋生物保護についての成果を期待する声も大きい。会議を仕切る日本の責任は重くなりそうだ。(杉浦美香 社会部環境省担当)
Posted by jun at 2010年07月11日 22:36 in 魚&水棲生物, 自然環境関連