◇放流で生息域に乱れ
精悍(せいかん)な顔つきをした「丹沢ヤマメ」が絶滅に瀕(ひん)しているという。体の側面が赤みを帯びている魚だが、最も分かりやすい特徴は体につくふぞろいのバーマーク(斑紋)。最近は斑紋の形がそろったヤマメばかり取れるらしい。
県水産技術センター内水面試験場(相模原市)の主任研究員、勝呂尚之さんらは04〜06年、丹沢の106河川で延べ500匹の魚を採取した。その結果、丹沢在来のヤマメは酒匂川水系と相模川水系のわずか5河川にしか生息していなかった。勝呂さんは言う。
「ヤマメがいそうなきれいな川に、在来のヤマメはほとんどいません。渓流釣りには向かないような川に運良く残っているぐらいですね」
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淡水魚の調査・研究をするNPO「神奈川ウォーター・ネットワーク」事務局の金子裕明さん(50)によると、1970年代に養殖技術が確立してから、丹沢でも漁協や個人による養殖ヤマメの放流が盛んに行われるようになった。
養殖業者は在来ヤマメが斑紋が小さくて多いのを嫌い、斑紋がそろって見栄えのする魚の家系や個体の選抜を繰り返した。大量に放流された養殖ヤマメは手軽に釣れるようになったが、在来ヤマメは見られなくなった。
丹沢のヤマメは70年ごろは標高700メートルまでしか生息していなかったが、現在は同1000メートルぐらいまで見られる。同じサケ科のイワナも以前は道志川の一部にしか生息していなかったが、現在は丹沢のあちこちで取れる。これも放流の影響とみられる。
「ヤマメに限らず生物は数十万年から数百万年かかって進化し、他の生物との絶妙なバランスの上に生きてきた。それを人間の手で簡単にぶち壊していいものか」
金子さんは懸念を隠さない。
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ヤマメの“主食”は、森にいる陸生昆虫や水生昆虫だ。淵(ふち)の流れ込み部分に待ち伏せし、流れてくる昆虫を口にする性質がある。
県環境科学センター(平塚市)専門研究員の石綿進一さんらは05年の夏と秋、丹沢の渓流計8カ所でヤマメを採取し、消化管の内容物を調べた。その結果、森が残る沢のヤマメは餌の9割をアリやバッタなどの陸生昆虫に頼っていた。一方、森が荒れた沢のヤマメは待ち伏せしても餌にありつけないのか、石にへばりついたトビゲラの幼虫までむしり食べていた。
渓流魚のオショロコマを使った北海道大の研究によれば、渓流の上にふたをして陸生昆虫が落ちてこないようにするとオショロコマがやせた。石渡さんは「森は渓流魚にとって生息場所というだけでなく、餌を提供し、川面の日射量を弱めて水温の上昇を抑えている」と指摘する。
そもそも丹沢で養殖ヤマメの放流がさかんになったのは、在来ヤマメの数が減ったことが原因だったという。勝呂さんたちは地元漁協とも協力し、在来ヤマメを取り戻すための話し合いを始めた。成否のカギの一つは、荒廃する森林の再生だ。【足立旬子】