2007年01月04日

琵琶湖:赤潮発生30年 命はぐくむ琵琶湖、次世代へ伝えよう(その2止)/滋賀

 ◇プランクトン観察 顕微鏡で異変を察知−−県琵琶湖・環境科学研究センター環境生物担当専門員、一瀬諭さん(54)=大津市
 12月の琵琶湖北湖。沖合の実験調査船「はっけん号」の上で県琵琶湖・環境科学研究センターの職員たちが定期調査を始めた。

 「えらいええなあ。10メートル以上見えるで」。一瀬諭さんが水中に降ろした透明度を測る直径30センチの円盤を見ながらつぶやく。普段の透明度は7メートル程度だという。一瀬さんは琵琶湖のプランクトンの観察を始めて07年で30年。約500種類が頭に入っている。観察のきっかけとなったのも、この間で最も驚いた出来事も、淡水赤潮の発生だ。
 「琵琶湖は貧栄養湖できれいとされてきたのに何で……」。赤潮の大発生が初めて確認された77年5月、一瀬さんは県立衛生環境センター(当時)に異動した直後。“異変”に世論は動揺したが、発生のメカニズムすら分からない。一瀬さんたちは黄色鞭毛(べんもう)藻「ウログレナ・アメリカーナ」がどんな状態で赤潮を作り、どうなれば消えるのか、基本的な部分から調べ始めた。瀬田川と大津市内の琵琶湖で、雨の日も風の日も毎日水を採取、ウログレナの個体数や水温などを記録するうちに、赤潮発生の仕組みが見えてきた。
 赤潮発生が持つ意味とは? 「赤いからみんな危機感を持ちますよね。黄色鞭毛藻が集まって、シグナルを出している。本当に大事なのは、どこからそれが出ているか」と一瀬さん。目に見える現象が警鐘を鳴らす。さらに、見えないところで起きる異変を察知することが重要だと言う。
 地道な作業の積み重ねで分かってきたことがある。「山で春にコブシ、秋にモミジが色づくような流れが琵琶湖にもある」。顕微鏡の中に琵琶湖の四季を見て、変化の兆しを読み取る。近年、出現するプランクトンの種類が減り、78〜82年には平均18種類だったのが、00〜04年は10種類。量が最も多い種は季節ごとに異なるが、90年ごろから規則性が崩れてきている。「夏と冬の幅がなくなってきた。(琵琶湖に)季節感がなくなっているというのかなあ」
 研究室に戻った一瀬さんはこの日も顕微鏡をのぞき、プランクトンの名前が入った表に記録を書き付けた。「BODや透明度などが良くなった半面、何か質が変わってきている。生物が発するメッセージを謙虚に受け止めることが必要。琵琶湖をもう一度考える、みんなが関心を持つようになる仕組みを作っていかないと」。琵琶湖の「気象台」を30年担ってきた一瀬さんの願いだ。【服部正法】
 ◇映画で訴える 「負の記録」で開発を問う−−映像作家・中島省三さん(66)=大津市
 「空から見た琵琶湖がしょうゆ色に染まっていた」。78年5月、琵琶湖全域に赤潮が広がった日に、中島省三さんは飛行機の操縦かんを握った。カメラを構え窓を開けると、上空150メートルにまで魚が腐ったようなにおいが漂う。飛行を終えるとすぐに、当時親交のあった記者に写真を送った。
 青年会議所に所属していた70年ごろには、琵琶湖と諏訪湖(長野県)を比較し、富栄養化問題に警鐘を鳴らす映画を制作。アオコが発生し、ペンキの中を船が走るような諏訪湖。当時はずっときれいだった琵琶湖の環境は、それから10年近くで悪化。83年にはアオコも発生し、「琵琶湖も諏訪湖のようになるのか」と衝撃を受けた。
 80年、初めて自主制作した映画「俺の見た琵琶湖」が完成。以来、琵琶湖をテーマに28の映像作品を撮り続けた。開発への静かなるアンチテーゼが底流にある。声高な批判や運動とも異なる、あくまで傍流から、しかし鋭く、投げかける疑問。「映画を作ったから、琵琶湖がきれいになるわけではない。むなしさもあるが、自分の意思と、現状とのギャップがあるからこそ、撮り続けてこられたのかもしれない」
 万人受けする商業作品ではないため、1本で1000万円近くかかることもある制作費の採算は取れない。家を売るなど財産をはたきながら、変化し続ける琵琶湖の「負の記録」を残し続けてきた。「貧乏暮らしに誇りをもっている。皆貧しくなることをどうして恐れるのか。自然の多様性とともに、人間も多様性を見失っているのでは」。そう訴える中島さんの作品に現れる琵琶湖は、美しい姿ばかりでも、汚れた姿ばかりでもない。そこに映るのは、「琵琶湖」という鏡に照らし出された人間たちの姿ではなかったか。
 「行政は施策をアピールするが、どれだけ環境を破壊してきたかは言わない。開発をしてきたくせに『環境先進県』はまやかしではないか」。そう批判しつつ、開発や文明を頭ごなしに否定するつもりはない。「文明の利点もある。しかし、『共存』はしょせんきれいごと。どこかで開発に折り合いをつけねば文明自体が滅びてしまう。今、我々は足元を見つめ直すべき時にいる」【高橋隆輔】
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 ◇嘉田知事インタビュー
 環境社会学者として30年間県内を調査してきた嘉田由紀子知事(56)に、赤潮発生から今に至る琵琶湖や人々の意識の変化、「海づくり大会」への思いなどを聞いた。【聞き手・服部正法】
 ◇湖底や外来魚、状況は悪化−−問題共有の場を
 ――赤潮の意味は?
 77年の秋から冬、農家を調査した際、「せっけんを使わなあかん」という話を聴いたが、私は当事者ではなかった。その後、琵琶湖研究所の研究員として、せっけん運動にかかわった人をインタビュー。県に話を持ち込んでも(肌荒れなど)女性の健康問題と相手にされなかったが、赤潮以後は琵琶湖の環境問題とつながったという話が興味深かった。家の中の健康問題が政策につながり、女性が元気になった。一方でリンを“悪者”にしてしまった。リンが一定の量を超えることが問題であって、ある意味でモノへの誤解を生んだ。
 赤潮は琵琶湖の「悲鳴」を社会問題化したが、暮らしからは遠い。そんなころ、運動をしていた人が「問題は川だよね」と言い始めた。80年代の川の見直しが始まり、せっけん運動を体験した女性が反応した。還元主義、物質主義だけで琵琶湖を見るのでなく「ホタルや魚がいてほしい」という見方を広げるのが私の仕事だった。
 ――琵琶湖の現状は?
 (状況は)悪化している。特に湖底。(硫黄酸化細菌の)チオプローカの出現や低酸素化。30年前から「琵琶湖の危機は湖底から」と議論してきたが、その状態に近づいており危険だ。さらにここまで増えた外来魚の問題。固有種や在来種は激減し漁業が危機的な状況になるなど、大変難しい問題に直面している。
 ――海づくり大会に期待するものは?
 見つめてもらわないといけない琵琶湖の問題を共有する場にしたい。国や県の施策が必要で、湖底の耕耘(こううん)や水草の除去、外来魚やカワウの駆除、稚魚の放流などにも引き続き取り組む。同時に県民一人一人の心に訴えていく手立ても必要。昭和30年代の状態を取り戻していくきっかけになるような大会にしたい。 1月1日朝刊

+Yahoo!ニュース-滋賀-毎日新聞

Posted by jun at 2007年01月04日 00:38 in ブラックバス問題, 自然環境関連

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