2016年12月18日

天才と呼ばれた孤高の釣り師・楠ノ瀬直樹の死に寄せて

  「天才」と呼ばれたひとりの釣り師の死を悼む声がネットで静かに広がっている。交流があったコラムニストのオバタカズユキ氏がその生を振り返る。

 50年と少し生きてきて、これまで天才と呼べる3人と交流している。

 1人は、私が企画・編集役で出版した新書『国のために死ねるか』の著者、伊藤祐靖だ。伊藤は私と同学年の元海上自衛官。自衛隊初の特殊部隊の創設に携り、志半ばでの退官後は、「撃てて、潜れて、平和ぼけしない」地を求め、フィリピンのミンダナオ島に拠点を移し、特殊戦の技量を磨いていた。いまなお「日本最強」と言える人間である。

 2人目は、10年ほど前に知り合ったフレンチシェフの近藤裕。屋台や居酒屋、土木関連の仕事で金を貯めては渡仏を繰り返し、まったくの独学で料理の腕を磨いてきた。そして2007年、39歳で銀座7丁目の超一等地に2フロア70坪のグランメゾン(高級フランス料理店)をオープン。「郊外の新築10戸が買える金額」の借金を背負っての挑戦だったが、知る人ぞ知る店として富裕層の美食家らに支持され、2年後には借金を完済したと聞く(現在は千葉県で会員制の店を営業)。

 そしてもう1人は、20年ほど前に知り合ったルアーデザイナーの楠ノ瀬直樹。1960年生まれの楠ノ瀬は、ブラックバス釣りの競技を賞金制で行うバスプロ・トーナメント黎明期から選手として活躍。のちにルアー製作に専念し、数々の独創的な製品を世に出してきた。私は仕事のからまない友人として、1990年代後半から2000年代前半にかけて、毎週のように彼と釣行していた。東南アジアの漁船をチャーター、海上連泊して巨大魚釣りに興じるなど、かなり遊びほうけていたと我ながら思う。

 彼らがどのように天才なのか。説明しろと言われたら何時間でも語れる。が、今は3人のうち最後にあげた釣りの天才について記しておきたい。彼の才能に関し、その断片でいいから、より大勢の人に伝えたい。

 なぜなら、つい先日、楠ノ瀬直樹の急逝の報が入ったのだ。享年56。若い。不意の知らせに、私はずいぶん動揺した。

 彼の死を惜しむ声は、ネット上で静かに広がっている。「自分は楠ノ瀬直樹を尊敬していた」「釣りの本質を教わった」という声がいくつも拾える。ここ数年はメディア露出もなかった楠ノ瀬だ。書き込みをプリントアウトして、生前の彼に、「ほら、こんなにあなたの影響を受けた人たちがいるよ。あなたが人の心を動かしていたんだよ」と手渡したい思いだ。

 私が知り合った頃、30代半ばの楠ノ瀬は、すでに「レジェンド」だった。まず、とにかく釣りの技量とセンスで頭抜けている。それはバスプロ・トーナメントでの強さでも多くが認めるところだった。が、バス釣り人気がぐいぐい高まり、バスプロが憧れの職業として注目される前に、楠ノ瀬はその世界から離れた。

 いわゆるバス釣りブームのピークは、時代の追い風を読むプロ・糸井重里の『誤釣生活―バス釣りは、おもつらい』が出版された1996年あたりだと思うが、同年に楠ノ瀬は初の著書『ルアー美学』(福原毅との共著)で、こんなことを述べている。

<プロって何なのだろう? 簡単に言ってしまえば、釣りばかりしたい人の、周囲に対する言い訳だね。それで生活できないのは、本人たちが一番よく知っている。そんな意味での、本当のプロは何人いるのかな? 片手が余ることは確実だ。もちろん彼らの情熱を茶化しているわけじゃない。釣りが、観るスポーツとして成立しにくい以上、仕方のないことだ。プロにできることは、自分たちを支えてくれているアマチュアの役に立つことだ>

 幼少期から持てるエネルギーのほとんどを釣りに注いできた楠ノ瀬にとって、釣りのプロであることは生き方そのものだった。好きなことを好きなだけやることで生きていく。その思いが人並み外れて強かった楠ノ瀬だからこそ、バス釣りブームの限界をいち早く見抜いていた。

 そして、ルアー製作を本業としながら、釣りとは何か、釣り人と魚のつき合い方はどうあるべきか、会う人会う人に語っていた。たとえば、バス釣りでは釣った魚の再放流が当然のマナーとされていたが、それに対し、楠ノ瀬はこうツッコミを入れた。

<極論すれば、キャッチ&リリースは、自分達がもっと楽しむために行うアングラーのエゴイズムにすぎない。内水面の限られた資源で、いかに多くの人間が長く楽しめるか、それを突き詰めて考えた結果がキャッチ&リリースだ。自然保護とかマナーだなんてきれい事を言っているから、嫌味に見えるんだと思う>(『ルアー美学』)

 楠ノ瀬はきれい事を嫌う人間だった。が、同時に彼ほど、本気のきれい事を追求した釣り人もいない。キャッチ&リリースをするなら、魚を傷つけない釣りをどれだけするかだ、と一貫して主張、そのための方法を追求した。

 ルアーについている釣り針には、かかった魚の口から針が外れないようバーブ(返し)が付いている。楠ノ瀬の釣りでは、その返しをペンチで潰し、バーブレスにすることが基本のキだった。かかった魚がばれやすくなると心配するより、ばれないようにする工夫を楽しめ。釣りの楽しさはそういうことだよね、と語った。

 その考え方は、さらに新しいアイデアを生んだ。ルアーの針は一般的に3本針(トリプルフック)になっているが、それだと魚を傷つけやすい。1本針に取り換えるべきだが、そうしてしまうと、3本針をつける前提で作られたルアーのバランスが崩れてしまう。なら、どうするか。彼は2冊目の本『続ルアー美学』(福原毅との共著)で、次の提案をしている。

<トリプルのうち、2本を折り曲げて、ポイントをシャンクにくっつけちゃう。これで、即席シングルフックのできあがり>

 3本針の2本をペンチで内側に丸めて曲げて、柄(シャンク)に針先(ポイント)をくっつけるのである。そうして1本だけ針を残せば、3本針の重量を変えず、ルアーバランスを保ちながら、シングルフック化が可能となる。

 このアイデアは、私が彼とよく遊ぶようになった頃生まれたもので、「オバッチャン(私のことをそう呼んだ)、これどうよ? 根がかりも減るし、針を替えるお金も要らない」と現物を見せてくれたことがある。

 手持ちの道具でいかにやりたいことを実現できるか、そういう釣りの面白さも子供たちに伝えたい、といった旨を真剣に話していた。

「だったら、何とかシステムとかじゃなくて、わかりやすいネーミングがいいよ。丸い耳2つと鼻が1本、形から言って、『ゾウさんフック』はどう?」

 と私が思いつきを言ったら、

「ゾウさんフック、ゾウさんフック、いいね、ゾウさん、ゾ〜ウさんだよ!」  

 とはしゃいでいた。

 楠ノ瀬直樹は、実践派であり、理論派であったが、思考の根っこはとてもシンプルで、感情表現はまるで子供だった。釣りが三度の飯よりも好きな子供がそのまま大きくなったような、外見はコワモテというか、どこの国の何者だ?という異様なおっさん。けれども、心は本当にイノセント。

 天才の定義のひとつには「純粋無垢」が不可欠だ、と彼と出会って以来、そう思っている。

 私の知っている天才3人には共通項がある。楠ノ瀬直樹も近藤裕も伊藤祐靖も、みんな少年時代は不良だった。ただの不良ではなく、町でその名を知らぬ人がいない系のやんちゃ小僧たち。それは、あまりにイノセントで、自分の中から沸きあがる気持ちを周りのために殺すことができなかったからだと思う。思春期、青春期のどこかで、「そんな社会の中で自分が生きていくにはこれしかない!」と腹を決め、それぞれに突き進んだのが釣りであり、料理であり、戦闘の世界だったのだろう。

 料理や戦闘はともかく、釣りはブームが不況の深化で完全に消え、子供たちの世界から遠くなった印象がある。でも、楠ノ瀬直樹の記憶は残せる。ネットで語ってくれ。彼を知る人は、もっと彼を言葉にしてくれ。

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Posted by jun at 2016年12月18日 11:22 in その他のニュース

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