2016年05月12日

マングースはハブと闘わない 有害外来生物をつくり出した学者の責任

 ある特定の生物を退治するために海外から導入されて、うまくいかないどころか必要以上に個体数を増やして、日本古来の在来種を絶滅の危機にさらして、駆除対象になる「有害外来生物」に指定されてしまうケースはよくあります。
 

 なかでも沖縄のハブ退治のために導入されたマングースの例はとてもよく知られています。導入の歴史から現在の駆除状況、今後の課題について国立研究開発法人国立環境研究所の五箇公一さんが解説します。

期待の星・マングースに与えられた当初のミッションとは?

 日本で、もっとも深刻な生態系被害をもたらしている外来種にマングースがいます。マングースは、西アジアから東南アジアにかけて分布する雑食性の哺乳類で、日本では、沖縄島と奄美大島に定着しています。外来種としての歴史は意外と古く、1910年に沖縄島に最初に導入されました。マングースが持ち込まれた理由は、島内のネズミと毒ヘビ・ハブを退治するためだったとされます。

 ネズミは、当時の島民にとって重要な収入源であるサトウキビに大きな被害をもたらし、そしてそのネズミを餌として畑に侵入してくるハブは、農作業をする島民の命を奪うおそろしい動物でした(今でも、もちろん咬まれれば命に関わりますが、医療機関の発達により、その被害は軽減されています)。これらの有害な動物を駆除するための天敵として、マングースに目を付け、島に導入することを提案したのは、当時、動物学の権威であった東京大学・渡瀬庄三郎名誉教授(1862-1929)でした。

 教授がインドに出張に行った際に、街でコブラ対マングースの対決ショーを見る機会があり、毒ヘビ・コブラを勇猛果敢に倒すマングースの姿に感激して、マングースの沖縄への導入を思いつき、船便で運んだ、という逸話が語り継がれています。対決ショーに感動してとった行動か否か、その真実は定かではありませんが、ひとりの研究者の発案によって、この外来動物は沖縄に持ち込まれたのです。

マングースはハブを食べてはいなかった!

 マングースが沖縄島に到着したときには、当時の地元紙でも記事となり、「期待の星(ホープ)来る!」と大々的に宣伝されました。特にハブ退治の決め手として、島民達の間ではマングースは救世主扱いされました。わずか16〜17匹ほどの導入個体は、沖縄島でみるみるうちにその数を増やし、生息数は最高3万匹に達したと推定されています。1970年代までマングース神話は続き、79年には沖縄島から奄美大島にも本種が導入されました。

 ところが、その後の調査で、マングースが実はハブ退治の役には立っていないことが分かってきました。80年代に入って研究者たちがマングースの胃内容物や糞を分析した結果、ハブを食べている個体はほとんどおらず、代わりに沖縄ではオキナワキノボリトカゲやヤンバルクイナ、奄美ではアマミトゲネズミやアマミノクロウサギ、ケナガネズミなどの島固有の希少種が犠牲となっていることが明らかとなったのです。

 実はマングースは、昼間しか行動しない昼行性の動物であり、そして、ハブは夜しか動かない夜行性の動物であり、もともとこの2種の動物が野外で出会うチャンスは極めて低かったのです。さらに、マングースは雑食性の動物であり、別にヘビを専門に食べる動物ではありません。ハブみたいに危険な動物を餌にしなくとも、もっと楽に食べられるものがあれば、当然、そちらから食べ始めます。で、沖縄や奄美大島でマングースの餌としてその目に留まったのが、よちよちと地面を無防備に歩いているヤンバルクイナやアマミノクロウサギたちだったのです。

密度低下してからが、外来生物防除の正念場

 マングースによる在来の生物に対する被害実態が明らかになって、マングースのステータスは、「期待の星」から「有害な外来生物」に転落することとなります。環境省は2000年から沖縄島および奄美大島においてマングースの駆除事業を展開し、これまでに2万匹近いマングースが捕獲されてきました。捕獲に際しては、マングース・バスターズという専門の集団が組織され、定期的に島内の森林内に分け入り、罠をしかけるという地道な作業が繰り返されました。

 捕獲努力の甲斐あって、マングースの密度は大きく低下しました。しかし、密度低下に伴って罠にかかる確率も低下してしまい、マングースの捕獲事業は極めてコスト対効果が悪いものとなりました。これは生物学的には当たり前の現象であり、密度が低下してからが外来生物防除の正念場といえます。

 実際に12年当時の民主党政権による事業仕分けにおいて、マングース防除事業も仕分け対象となり、1匹当たりの捕獲に係る経費が高すぎるとして「抜本的見直し」が言い渡され、危うく事業が止められかけたこともありました。この結果には事業関係者一同が慌てました。もし、防除の手を一時的にでも止めれば、低密度に抑えていたマングース個体群が一気に回復して、これまでの苦労が水泡と化してしまうことになります。幸い、この仕分けの結果には研究者のみならず、一般の人たちからも「生物の理屈・常識を理解しなさすぎ」との批判が多数寄せられ、事業の停止は回避されました。

 紆余曲折を経ながらも、マングースの防除事業は今日まで継続しており、昨年(2015年)夏には、部分的ではありますが沖縄本島の北部でマングース集団の根絶が成功して、ヤンバルクイナの個体数回復も確認されました。ここまでたどり着くのにかかった予算は年間およそ3億円。そしてこれからも島全体からマングースを完全に排除できる日まで、これだけの(あるいはそれ以上の)巨額の予算が投下し続けられることになります。たった1種の外来種を導入したがために、多くの在来生物の命と、多額の国税という大きな代償が支払われることになったのです。

最先端の知識がのちに大きな過ち、となった一例

 それにしても、動物学の権威ともあろう東京大学の教授が、どうしてマングースのリスクを先読みできなかったのか、はなはだ疑問に感じられます。渡瀬博士は、他にもアメリカザリガニやウシガエルといった北米原産の外来動物の導入も積極的に進めたとされます。その目的は「食用」であり、これもまた国民生活を考えてのことだったのでした。しかし、アメリカザリガニもウシガエルも今や日本全国の内水面に蔓延る「侵略的外来生物」として、環境省の駆除対象となっています。

 ちなみに渡瀬博士は、生物地理学という生物の地理的分布と分類に係る研究分野の専門家であり、天然記念物保護法制定にも大きく貢献された見識ある一流の研究者でもありました。しかし、渡瀬博士が生きた時代は幕末から昭和4年。まさに日本が富国強兵を唱え、あらゆる学問が国力増強に貢献することが求められていた時代であり、当時の生物学・動物学の世界では「外来生物」は利用すべき資材とみなされ、生態リスクという概念も知見もなかったと思われます。恐らく渡瀬博士も、その動物学的見地に基づき、マングースもウシガエルもアメリカザリガニもきっと日本で増えることができて、役に立つに違いない、と分析して、実験的にこれらの外来動物を輸入したものと推測されます。

 どんな研究分野でもあてはまることですが、かつて最先端と思えた知識や技術が、後になって、大きな過ちであったことや、欠落があったことが明らかとなることはよくあることであり、そうした失敗や過ちを繰り返しながら、科学と研究が進歩してきたことも事実です。しかし、一度起こった失敗は二度と繰り返されるべきではなく、マングースの失敗から我々は外来生物管理の難しさ、生態リスクの予測不能性、そして生物学・生態学の「未熟さ」を十分に学び、これからの人間社会に活かしていく必要があります。

(国立研究開発法人国立環境研究所・侵入生物研究チーム 五箇公一)

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Posted by jun at 2016年05月12日 10:15 in 外来生物問題

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