2015年10月07日

激減と激増、島に生きる2種のトカゲ――私たちに身近な生物多様性(14)

 IUCN(国際自然保護連合)が定義する「絶滅のおそれのある野生生物のリスト」には、2014年11月時点で約2万2千種が登録されている。生物多様性の確保は喫緊の事項だ。本コラムでは、味の素バードサンクチュアリ設立にも関わった、現カルピス 人事・総務部の坂本優氏が、身近な動物を切り口に生物多様性、広くは動物と人との関わりについて語る。(カルピス株式会社 人事・総務部=坂本 優)

 伊豆諸島の三宅島はかつて、オカダトカゲの楽園だった。1978年夏、私は鳥類学者の樋口広芳先生が東京都から受託した、御蔵島のオオミズナギドリの調査に参加していた。

 当時、私は法学部の大学生だったが、学外の動物の研究会で先生の面識を得る機会があり、同じキャンパスにおられたことから、以後、時々研究室にお邪魔してお茶をごちそうになっていた。そんなご縁もあり、荷物運びなどさせていただく口実で、押しかけ「調査隊員」になっていた次第だ。

 途中、三宅島で先生旧知の民宿に泊まったおり、今も記憶に深く刻まれている光景を目にした。

 それは、翌朝のことだ。初めていただいたアシタバの味噌汁も印象的だったが、はるかに、新鮮な驚きだったのは、庭に幾つかある四角い空き缶(一斗缶)やブロックなどの上で、朝の陽射しを浴びている何匹もの、茶色いトカゲの姿だ。

 一斗缶は、食用油や、水煮のタケノコ、コンニャクなどが入っていた、長方形の金属の缶だ。最近は少なくなったが、空になった一斗缶はさまざまなことに活用されていた。鉢植えの鉢代わりにしたり、子どもが魚を飼ったり、あるいは、側面に釘で穴をあけ、蓋をとった上部に網をのせて、かまど代わりにも使ったりと、便利だった。そのため使い終わっても捨てることなく、庭や物置に置かれていた。

 民宿の庭にも、空の一斗缶が置かれていて、そのそれぞれに茶色っぽいトカゲがいて、のんびりと昼寝のようにじっとしていた。本土に比べ警戒心の薄い様子に見入っていると、隣で先生が、「三宅島は本当に、トカゲが多い島なのですよ。」とおっしゃっていた。

 そのトカゲ――オカダトカゲは現在、三宅島でほとんど見られなくなった。原因は、ネズミ駆除のために移入されたホンドイタチによる捕食だ。

 三宅島では以前から、ネズミによる農作物の被害があり、駆除のためにイタチを放していた。島内で繁殖することのないよう、当初は、雌雄を同時に放すことはしてなかった。しかし、ある時、雌雄で放され、急激に増えたイタチは、ネズミよりも捕食しやすいオカダトカゲをほぼ絶滅させてしまった。その間、わずか10年余り。

 同じように移入されたホンドイタチによると思われるオカダトカゲの激減は、八丈島や青ヶ島でもみられる。
 
 オカダトカゲは、現在の伊豆半島が本州と陸続きになる前、伊豆諸島と一体の陸地だった頃に独自の種として進化したトカゲと考えられている。

 伊豆半島周辺には、外見上、ニホントカゲによく似た亜種がいて、伊豆諸島でも大別して北部、三宅島、そして南部と3つのグループがあるとも聞く。生物多様性を形成する種や亜種の分化を考えていくときには大変貴重な生きものだ。しかし、その要の位置にいる三宅島のオカダトカゲは姿を消してしまった。

 伊豆諸島をさらに南へ行った小笠原諸島の父島、母島では、ある意味、真逆のことが起きている。増えすぎた外来種のトカゲ、グリーンアノールが、固有の昆虫類などに甚大な影響を与え、世界自然遺産としての小笠原の価値をも揺るがしかねない深刻な事態なのだ。

 グリーンアノールは、元々はフロリダなどを原産地とするトカゲだ。ペットとして、あるいは荷物にまぎれて、小笠原諸島に入ってきたと言われる。現在の生息数は、数百万匹。既に全面的な駆除は困難な状況のもと、トカゲが外から入れないよう区切った内部で徹底的な駆除を行い、その中で、固有の昆虫類などの繁殖を図ろうとする取組等もなされている。

 ところがそのさなか、2013年3月に、従来いないとされていた兄島でも発見され、関係者に衝撃が走った。緊急の駆除と分布域の拡大防止策が講じられるも、未だ根絶には至らない。

 父島、母島では既に生態系に組み込まれ、希少なオガサワラノスリ(ノスリの1亜種)などの重要な餌となっているという。そして野鳥が捕えてきたグリーンアノールを巣の周辺で取り逃がすことも、分布域拡大の一因ではないかとの推測もある。となると現在生息しない島々でも飛翔力のあるノスリが営巣できるような島は監視を怠ることができない。

 ホンドイタチは、関東以西では、大陸から移入された、やや体の大きいチョウセンイタチにとって代わられ、関東地方でも、平野部は既にチョウセンイタチが主に占拠するところとなっている。グリーンアノールも、原産地のフロリダ周辺では、中米から持ち込まれたブラウンアノールによって生息域を狭められている地域があると聞く。

 個々の生きものとして見たときは、彼らは何ら邪悪な生きものではない。生きものに対する邪悪、獰猛、凶暴といった形容は人間からの一方的なもので、生きもの自体に正邪がある訳ではない。

 原産地においては、ホンドイタチもグリーンアノールも生物多様性の環を構成する重要な存在だ。しかし人間の営為によって、伊豆諸島や小笠原諸島に渡ったとき、離島の限られた生物相のなかで危うく保たれていたバランスを崩してしまった。そのため、かけがえのない在来種に対して、侵略的どころか破滅的な影響を与える存在となってしまったのだ。


坂本 優(さかもと・まさる):カルピス株式会社 人事・総務部
東京大学卒業後、1979年味の素入社。本社にて法務・総務業務、工場・支社にて総務業務を担当。2011年カルピスへ出向。法務グループリーダーとして法務・商標・コンプライアンスを担当。2012年、同社転籍。2013年定年以降も、雇用延長制度により法務業務を継続中。学生時代、「動物の科学研究会」に参加、味の素東海事業所在籍時、現「味の素バードサンクチュアリ」を開設するなど、生きものを通した環境問題にも通じる。(趣味ラグビー 関東ラグビー協会理事)

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Posted by jun at 2015年10月07日 08:58 in 外来生物問題, 自然環境関連

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