メリーランド州で農業を営むネイサン・ミルバーン(Nathan Milburn)氏は、その虫を最初に見かけた時のことを今でも覚えている。それは2010年のある日の夜明け前のことだ。ミルバーン氏は自分の農場の近くにあるガソリンスタンドで、その日の農作業に備えて給油中だった。ガソリンポンプの上にある照明に目をやったとき、何かが目に留まった。
「大量に群がっているものがあった」とミルバーン氏は振り返る。それまでクサギカメムシを実際に見たことはなかったものの、今目にしているのがその虫であることは、ミルバーン氏にもわかった。それまでにうわさを聞いていたからだ。
地元の農作物をむさぼる外来カメムシが、大挙して押し寄せていたのだ。「すっかり気持ちが沈んでしまった」とミルバーン氏はその時の心境を語った。
それから約3年経った今、クサギカメムシ(英名:Brown marmorated stink bug、学名:Halyomorpha halys)と呼ばれるこの東アジア原産のカメムシは、アメリカの中部大西洋沿岸地域の農家にとって、生計を脅かす深刻な外敵となっている。
また、この虫は、暖房の効いた家に住む多くのアメリカ人にとっても、不快な害虫だ。寒い時期になると、このカメムシは冬眠状態になって越冬するが、暖かい民家は格好の隠れ家になる。
これまでにアメリカでクサギカメムシが最悪の被害をもたらしたのは2010年の夏だが、2013年の夏も同様の大きな損害が生じるおそれがある。中部大西洋沿岸地域では現在、家屋の中や自然環境で現在冬眠中のカメムシの個体数が、1年前の同時期と比べて60%増と推定されているからだ。
気温が上がり始めれば、これらのカメムシは繁殖相手やエサを求めて隠れ場所から出てくる。これを農民たちは恐れている。
◆外来種の脅威
アジアから船便で送られる輸入製品に紛れ、クサギカメムシが最初にアメリカにやってきたのは1990年代後半とみられる。それから間もない時期に、ペンシルベニア州アレンタウンでその姿が目撃されている。そして今では、全米40州で生息が確認されるまでに広がった。
この外来種がアメリカで脅威となっているのには、大きく2つの要因がある。
1つ目としては、果物や野菜をエサとするクサギカメムシの旺盛な食欲が挙げられる。昆虫学者で、米国農務省(USDA)の資金提供を受けたカメムシ対策チームを率いるトレーシー・レスキー(Tracy Leskey)氏によると、こうしたカメムシはモモ、リンゴ、ピーマン、大豆、トマト、ブドウなどの農作物を好物としているという。さらにレスキー氏によれば、クサギカメムシが大発生した2010年には、中部大西洋沿岸地域のリンゴだけで3700万ドル(現在のレート換算で約34.5億円)もの被害をもたらしたとのことだ。
脅威になる要因はもう1つある。クサギカメムシの捕食者はアメリカにも存在しているが、カメムシの個体数にかなうだけの数はいない。そのためカメムシは他の生物に食われる危険はほぼない状態で、エサを食べ、繁殖し、増殖できるのだ。
レスキー氏が率いるチームの研究により、クサギカメムシは青や黒、白い光と、ある種のフェロモンに引き寄せられることが判明している。フェロモンを使ってワナにおびき寄せる試みはある程度の成功を収めているが、この方法でカメムシを大量捕獲する手法はまだ実証されていない。
そこで、ミルバーンさんをはじめとする地元農家は、カメムシの被害から作物を守るため、農薬の使用を余儀なくされている。
だがミルバーンさんは、できれば農薬は使いたくないとの考えだ。「人の口に入るものだから、十分に気を付けないといけない。私の家族も農場でとれたリンゴを食べるのだからね。環境面でも安全で、経済的も採算が取れる方法を使い、駆除する必要がある」。
◆天敵の寄生バチの活用へ
そこで活用が期待されるのが、クサギカメムシの卵に寄生することで知られるアジア原産のTrissolcus属の寄生バチだ。
こうした寄生バチは、カメムシの卵塊を見つけたメスが、その卵の中に産卵する。ハチの幼虫は宿主であるカメムシの卵をエサとして成長し、中身をすっかり食い尽くしてしまう。
天敵を使ったカメムシの駆除に取り組む昆虫学者のキム・ホーマー(Kim Hoelmer)氏は、デラウェア州ニューアークにある検疫所付設の実験室で、アメリカにTrissolcus属のハチを放つことの可否について検討している。これが費用対効果の高い方法であることは間違いないようだ。
「一度導入すれば、寄生バチは人の手を介さずなくても広がり、繁殖するはずだ。何度も放つ必要はない」と、ホーマー氏はメリットを強調する。
しかもこうしたハチは人に害を及ぼさない。「Trissolcus属のハチについては既に世界中で昆虫学者により広範な研究が行われており、カメムシの卵のみを宿主とすることが判明している。このハチが動物や人を刺したり、農作物を食べたりして害虫になる可能性はゼロだ」(ホーマー氏)。
しかしデメリットも考えられる。寄生バチが北米にもともと生息するカメムシや他の昆虫をターゲットにするのではないかという点だ。
最終的には、USDAの動植物検疫局が、この寄生バチのアメリカへの導入の可否を決定する。仮にゴーサインが出れば、この新たなカメムシの天敵は早ければ2014年にも、アメリカの農地に放たれる予定だ。
Catherine Zuckerman for National Geographic News
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Posted by jun at 2013年03月07日 10:43 in 外来生物問題