一報が宮崎県総合博物館に入ったのは、2005(平成17)年6月2日のことだった。
・ピンク色のイグアナを確認
学芸課副主幹の末吉豊文(とよふみ)さんは、同県日南市の油津(あぶらつ)中学に駆けつけた。
そしてわが目を疑うほどに驚いた。ガラスケースの中にいたのは、奄美諸島から八重山諸島、台湾北部にかけてが生息域で、本土にはいないはずのキノボリトカゲだったのだ。
油津中学は、岬のように2キロほど海へ長く突き出た丘陵地・津之峰(つのみね)の一角にある。末吉さんが同日以降、一帯を調べてみると、いるわいるわ…。連日20匹、30匹と、大変な数が捕獲されたのだ。
調査が進むにつれ、抱卵した雌や孵化(ふか)直後の子供も発見され、津之峰での大繁殖は確実になった。
「ペットが逃げ出した」「奄美や沖縄から運ばれた木材に隠れていたらしい」など、侵入ルートはさまざまに推測されたが、真相はやぶの中だ。その後も住民の目撃通報や問い合わせが相次いだため、日南市は08年6月に対策検討委員会を設置、2年間の実態調査に乗り出した。
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「同じ亜熱帯性の爬虫類(はちゅうるい)であるハブは、気温が0度前後まで下がると死んでしまう。キノボリトカゲも同様のはずですが、津之峰の冬の最低気温は、温暖化で上昇しており、越冬可能となって繁殖したようです。数万匹がいるのではないでしょうか」
こう話すのは、対策検討委員会の顧問を務める琉球大学熱帯生物圏研究センター長の太田英利さんだ。
太田さんによると、津之峰の冬の最低気温は、1970年代前半までマイナス3度台を記録することがあった。しかし、80年代はマイナス1度より下がることがなくなり、90年代以降はほとんど0度以下になっていない。
「この気温だと暖かい落ち葉の中に潜り込めば、亜熱帯性爬虫類も冬を越せるはず」とみる。
キノボリトカゲは、アリやクモ、セミ、ヤモリの子供などを食べる。これらの生きものや、これらを食べる上位の生きものが影響を受ける。また、キノボリトカゲを餌とする動物が増える可能性もある。実際、周辺ではカラスが増えたという声も聞かれる。
「安定した生態系は一種の文化遺産。それを壊しかねないキノボリトカゲは、即座に駆除すべきだ」と太田さんは話すのだが…。
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「駆除するには、生物の多様性を損なうという根拠が必要で、直ちには行えない。だからまず2年間の実態調査を行っているのです」。日南市環境対策課主事の岡部憲治さんは語る。
市の慎重姿勢には訳がある。実はこのトカゲは、奄美・沖縄で、マングースの食害を受けて激減し、環境省のレッドデータブックで「絶滅危惧(きぐ)2類(絶滅の危険が増大している種)」に指定されている。
岬状の津之峰は、陸側を国道と運河が横切り、これが境界線となってキノボリトカゲを同地区に封じ込めている格好だ。しかし、内陸側でもポツポツと目撃が報告され始めている。「対策検討委の調査結果を見て、できるだけ早く結論を出さなくては」と、岡部さんの表情には焦りが浮かぶ。
駆除か、保護か、さらなる封じ込めか。国産の絶滅危惧種であるだけに、行政の判断も難しさを増すが、封鎖線は、もう長くは持ちこたえられそうにない。(伊藤壽一郎)
Posted by jun at 2009年01月27日 11:35 in 外来生物問題