今年2月に日本からニュージーランド向けに輸出された新車・中古車1万台以上を積んだ貨物船からクサギカメムシが大量に見つかったことを受けて、ニュージーランドがこれらの貨物船からの荷揚げを拒否して、自動車販売業者の間で騒動となりました。ニュージーランド政府は、このカメムシがニュージーランドの農業を脅かす恐れがあるとして、現在も日本側の自動車輸出業者にカメムシの処理を徹底するよう要求しているとのことです。
このカメムシは日本に広く分布する昆虫で、ミカンやリンゴなどの実を加害する農業害虫として知られます。また悪臭を放つことから家屋内では不快害虫・衛生害虫として問題になっています。なぜ今年になってこのカメムシが貨物に大量に紛れ込むようになったのかは不明ですが、防除には相当なコストがかかるということで、輸出業者は頭を痛めているというニュースもつい最近流れました。
日本国内では外来生物といえば、日本に侵入してくる種ばかりが話題になりますが、開国以降の国際化の歴史のなかで、日本からも様々な生物が持ち出され、海外で外来生物として生態系や人間社会に深刻な影響を与えています。
日本から旅立った外来生物たち
米国では日本固有のマメコガネというコガネムシの一種がJapanese Beetle(ジャパニーズ・ビートル)と呼ばれて恐れられています。本種は輸入物資に紛れて1900年台初頭に日本から米国に持ち込まれて定着したとされます。本種の成虫は植物の葉を加害し、幼虫は土壌中で植物の根を食べて成長します。天敵のいない米国内において急速に分布を拡大し、大豆やトウモロコシなどの農作物に深刻な被害を与える農業害虫として問題になっています。
1876年、米国・フィラデルフィアで開催された万国博覧会で、日本のパビリオンが飼料作物および庭園装飾用としてこのクズを展示したことを契機に、園芸植物として米国内に導入されました。その結果、クズはアメリカ国内で旺盛に繁殖して、「緑化」は成功しました。しかし、新天地でまさに水を得たクズは繁殖が止まらず、電柱や自動車、家屋まで覆い尽くすようになり、景観が変貌するとともに住民の生活にまで支障が生じるようになってしまいました。
19世紀、江戸の鎖国時代に長崎の出島に来日して博物学的研究を行ったオランダ人の植物学者フィリップ・フランツ・フォン・シーボルトが長崎県から欧州に持ち込んだイタドリが、今では英国で手に追えない外来雑草となっています。イタドリは地下茎で繁殖し、アスファルトやレンガさえも突き破って伸長し、建造物や道路、防波堤、下水道など社会インフラに深刻な被害が生じています。
英国政府は、この植物を根絶するためには15億ポンド(約2900億円)のコストがかかると試算しており、対策に頭を痛めています。2010年3月、英国政府はイタドリの駆除のために、天敵の「イタドリマダラキジラミ」を日本から輸入することを決めましたが、その後、その防除効果についてはまだ明らかにされていません。
日本では食用として重宝されるワカメも海外では、大変迷惑な外来生物として問題になっています。ワカメはもともと日本、朝鮮半島の近海に生息する海藻ですが、世界自然保護連合IUCNによれば、米国、フランス、イタリア、オーストラリア、ニュージーランド、黒海、地中海など世界中の海域で繁殖が確認されています。これだけ広くワカメが分布を拡大したのは、タンカーのバラスト水が原因だと言われています。
バラスト水とは、タンカーなどの貨物船が積荷を降ろした後に、帰路で船を安定させるため重りとして船内に取り込む海水のことを指します。日本は資源輸入大国として様々な物資を海外から輸入している分、バラスト水の輸出大国にもなっているのです。日本近海でタンカーに取り込まれた海水の中にワカメの胞子が紛れ込み、日本から世界中の海へと広がりました。
侵入したエリアにおいてワカメがカキや、ホタテ、ムール貝、イセエビなどの養殖場で繁茂してこれら魚介類の成長を阻害したり、漁業用の機械を詰まらせてしまったりするなど、水産業に重大な影響が生じています。
2010年にフランスの研究グループが日本人の腸内には海藻の多糖類を分解する酵素をもつ細菌が住んでいるけれど、欧米人の腸内には存在しない、という研究成果をネイチャーに掲載して話題になりました。この研究結果から欧米人はワカメを食べると消化不良を起こすため、食べるに食べられずワカメの繁殖が抑えられない、という話もよく耳にしましたが、実際には加熱すれば欧米人でも問題なく食べられます。欧米においても海藻を調理して食べるという食文化が根づけば、外来ワカメも有効活用できるものと期待はされますが……。
外来生物輸出国の責任
ところで、冒頭にニュージーランドが日本産カメムシの持ち込みリスクを理由として、日本からの貨物(自動車)の水揚げを拒否した、とのニュースを紹介しました。現在、日本では、中国から運ばれるコンテナからヒアリが発見される事例が立て続いていますが、中国の貨物に対しては特段の規制措置はとられていません。ニュージーランドのカメムシ輸入拒否と同じ理屈で、日本もヒアリが見つかったとして中国から移送されたコンテナの水揚げを拒否して、中国側に対策の徹底を要求しても良さそうなものです。
実際に我々、国立環境研究所の研究チームも環境省、外務省(大使館)とともにヒアリが集中的に分布している中国・広州に赴き、中国側の政府および研究者と交渉する場を設けて、コンテナのヒアリ防除対策の検討を依頼したことがありましたが、中国側は、中国港湾の管理は徹底していると主張して、中国からのコンテナによって日本にヒアリが持ち込まれているという事実自体を認めてくれず、港湾施設内への視察の許可はおろか、対策の合意を得ることもできませんでした。
なぜ日本は、カメムシで自動車の輸出が拒否され、ヒアリでコンテナの水揚げを拒否することができないのでしょうか。そこにはまず法的規制の違いがあります。ニュージランドには世界一厳しいとも言われる検疫法Biosecurity Actが存在し、国内の農作物や家畜に被害をもたらす恐れがある生物およびその生産物の輸入は一切禁止されており、輸出当該国に対して拒否権を発動することもできます。今回のクサギカメムシについても農作物に被害をもたらす外来昆虫として、彼らは自国の法律に基づき、断固輸入拒否を突きつけてきたのです。
日本でも、農林水産省の植物防疫法に基づき、輸入農産物・植物類に対して検疫が行われており、農林病害虫が検出された場合は、輸入産物の水揚げ拒否・廃棄命令が出されます。一方、植物防疫法の対象外となる外来生物を管理する環境省の外来生物法には、ヒアリのような特定外来生物が輸入貨物から発見されたとしても、輸出相手国に対して厳しい措置を求める条文は含まれていません。あくまでも国内において水際対策をとる以外に法的な根拠はないのです。
また、農林業に悪影響をもたらす農林病害虫については、第一次産業という経済基盤に直接悪影響をもたらす要因という国家間の共通認識に基づき、国際的なリスク管理・対策を目指した国際植物防疫条約IPPC : International Plant Protection Conventionという国際的な枠組みが存在します。IPPCでは病害虫のリスク分析に関する方法や病害虫を消毒する方法の国際基準を策定するなど加盟国間で植物検疫措置の調和が図られており、このIPPCのガイダンスに基づき、加盟各国は国内法を強化・整備をすることが可能となっています。
一方、農林病害虫以外の外来生物の対策については、法的拘束力をもつ国際条約は存在せず、各国が独自の国内法で対応するしかない状況にあります。国際基準が定まっていない現状では、ヒアリの侵入対策のために日本が輸出国に対して、輸入を拒否したり、対策を要求したりする法的根拠は現状もたないのです。
それ以前に、今の日本では、外来生物を理由に輸入資材の流通をストップさせるようなことをすれば経済に大打撃を与えることになってしまいます。日本は経済大国として、貿易収支によって財政が大きく支えられています。2017年の貿易収支は輸出額が78兆2864億円、輸入額が75兆3792億円にものぼります。これだけ巨額な経済の流れの中で、外来生物対策は、自由貿易に逆行し、場合によっては貿易摩擦の火種にもなりかねない案件となります。
保全生態学や生物多様性に関わる研究者やNPOのなかから、日本を含め各国は外来生物の輸出に対しても責任を持つべきであり、対策が必要、という声もあがりますが、いずれの国も自国への外来生物の「侵入」に対しては敏感でも、相手国への外来生物の「輸出」に対しては鈍感であり、ある意味無責任とも思えるこの感覚は、国際経済の競争という観点からは当然の(しかし近視眼的な)原理と言っていいでしょう。もちろんこの原理には持続的観点が欠けており、最終的にはいずれの国も外来種対策に悩まされ続けることになってしまいます。
今後、国際貿易の健全な発展を維持するとともに各国の生物多様性を保全するためにも、例えば「国際外来生物防止条約」といった、外来生物の管理にかかる国際協調の具体的な枠組みづくりを急ぐとともに、国内においても持続的社会の実現という大きな目標に向けて外来生物管理の意義を科学的に検証し、国民的コンセンサスに結びつけていくことが重要と考えられます。
(解説:五箇公一 国立研究開発法人 国立環境研究所 生態リスク評価・対策研究室室長)
Posted by jun at 2018年09月18日 11:14 in 外来生物問題